「自分がベートーヴェンのような苦悩の人生を送れるかというと…」稲垣吾郎が『No.9 ―不滅の旋律―』で挑む4度目の“楽聖”
CREA WEB / 2024年12月6日 11時0分
“楽聖”ベートーヴェンの苦悩の人生と、創作の真相に迫った舞台『No.9 ―不滅の旋律―』。「第九」初演から200年目の節目にあたる今年、4度目の上演が決まった。初演からベートーヴェンを演じる稲垣吾郎さんに、意気込みや稽古場でのエピソードを聞いた。
ベートーヴェンを演じる姿勢を持ち続けていた
――天才作曲家ベートーヴェンの半生を描く舞台『No.9 ー不滅の旋律ー』の上演は今回で4度目となりました。今の率直なお気持ちから伺います。
素直に嬉しかったですね。過去にはコロナ禍でウィーン公演が中止になるなど残念なこともありましたが、常に心の奥には『No.9』でベートーヴェンを演じる姿勢を持ち続けていました。リモコンの電源は切っても、主電源は抜いていないような状態です。そしてようやくまた始まるのは喜びでいっぱいですし、この作品に関わる役者、スタッフみんなが同じことを思っていると思います。
――稲垣さんは演じられるベートーヴェンを「とても人間くさい人で親しみを感じる」とコメントを出されていましたが、どのあたりにそう感じますか?
僕が演じるベートーヴェンはとても気難しく、急に怒ったりしますが、それはやはり本人にとって病気で耳が聞こえなくなってきた側面が大きく影響していると思っています。若い頃は社交的で人付き合いも良かったという話も聞きますから。あとは父親や家族との関係で生じた悩みもあっただろうし、年齢とともに背負うものも大きくなってくれば、どうしても偏屈さを伴う人間くささは出てきますよね。今挙げただけでもいろんな要素があり、本当につかむのが難しい役です。
でも、彼の作る音楽も同じですよね。「第九」や「運命」のような情熱的な作品もあれば、「田園」のような穏やかな曲もある。わかりやすくない部分が彼の魅力でもあるのだと思います。
また、この台本ではすごく素直な人間として描かれているところもあって、そこもチャーミングで人間らしいと僕は思います。彼には音楽がすべてだから、他人にどう思われるかは関係がなかったのかもしれません。僕だったら恥をかきたくないから隠してしまうような部分も、結構むき出しですからね。
浦沢直樹さんも太鼓判のハマり役
――『No.9』のベートーヴェン役は、本来の自分とは全然違うキャラクターであるとよくお話されていますが、与えられた天賦の才、美意識のこだわりなど、観客としては結構共通点があるのではと思っています。自分と似た部分はあると思いますか?
役を演じる上でそう言っていただけるのはすごく嬉しいですね。僕自身としては全然違うなって思っていて、ベートーヴェンと共通部分があるなんてむしろ憧れちゃいます。共通点を考えて演じていたことはないですが、たしかに観に来てくださる方からは、結構ハマり役だよねとおっしゃっていただくことが多くて嬉しいです。
初演の時に見に来てくださった漫画家の浦沢直樹さんにも「ゴローちゃん、ベートーヴェン合ってたね! ピッタリだね!」と楽屋で言っていただいて。浦沢さんは、ベートーヴェンの生誕250年を記念したアルバムのジャケットをその後手掛けられていて、ベートーヴェンに傾倒されていたこともおありなので嬉しいです。
演じていて思うのは、観る方は、僕のパブリックイメージみたいなものを、ベートーヴェンに重ねてくれているんだと思います。「どこからがベートーヴェンさんで、どこからがゴローさんか」といった感じに観客を翻弄させることができたら成功だなと思いながら演じています。
僕が演じる芯はもう揺るぎない
――ベートーヴェン役は馴染んできましたか?
ちょっと珍しいことですが、この作品の中での僕が演じる芯はもう揺るぎないものだと、自信を持って言えるぐらいには馴染んできました。もう自分はベートーヴェンだと信じて、迷いなく板の上で演じているので、経験を重ねた自負ももちろんあります。
今稽古中なのですが、初日の本読みの段階でもう感覚を思い出しました。すぐに感覚が戻ってきつつも、単純に前回をなぞってしまうと面白くないので、新鮮さも大切に作っていきたいと思っています。これまで3回も演じていると、どうしても今までの経験と成功体験をなぞってしまいそうになるんですよね。それが大切なこともありますけど、でも一度全部破壊してからまた構築していく気持ちでやりたいという話は演出の白井晃さんもされていました。初めて観に来てくれた観客の方はもちろん、リピーターの方にも新鮮みを感じてもらいたいですから。新キャストを迎えての上演ということもあり、みんなで気持ちを新たに挑んでいるところです。
今回も共演している大先輩の長谷川初範さんは、昼公演と夜公演でも全く違う人物のように、毎回新鮮に演じられるんです。演じるごとにリセットされてその人を生きているので、勉強になります。僕の舞台経験では、大竹しのぶさんも同じタイプの方だと感じました。
この芝居もベートーヴェンの世界の通過点
――舞台の時にルーティンにしていることはありますか?
あまり早く劇場に入ってしまうとそわそわしてしまうので、きちんと家でウォーミングアップをして、気持ちも高めてから出るようにしています。これは本当は許されないことかもしれませんが、許されるなら本当は、劇場に着いたらパッと着替えてそのままノンストップで舞台に出ていけたら理想ですね。スタッフさんに迷惑かけるだけだからダメなんだけど(笑)。ただ白井さんも舞台に出ていたときは同じ気持ちだったと言っていました。舞台袖で待っていると緊張してしまうので。
――ご自宅で気をつけていることはありますか?
声ですね。特に体を休ませて寝て起きた時は、びっくりするくらい声が出なくなっちゃうので。そこから2、3時間かけて声が出るようにしていきます。家の中でランニングマシーンで走ったり、ストレッチしたりしながら。
――ベートーヴェンの作品は苦悩の中で生み出された部分もあると思います。偉人の人生を客観的にみてどう思われますか?
生前からウィーン音楽界の寵児ではありましたが、真価が広く認められるようになったのは没後。それが何百年と時を越えて今がある。そしてきっと何百年も何千年もまた後世の人たちに語り継がれていく音楽であって、僕らの芝居も、ベートーヴェンの歴史にとってはただの通過点ですから、その一員として参加できることが嬉しいです。
でも、自分が同様の苦悩の人生を送れるかというと……正直言うと、楽しく生きたいよね。今パッと顔が浮かんだけれど、草彅剛さんみたいに(笑)。もちろん、彼にも彼なりの苦悩があるかもしれないけれどね。
全然違うよと天国から本人に言われているかも(笑)
――実在の偉人を演じるプレッシャーは相当なものだと思いますが、稲垣さん版のベートーヴェンを演じる上で意識されていることはありますか?
生誕250年のメモリアル・イヤーの時は宝塚歌劇などで舞台化されていましたが、『No.9』初演の頃はまだ日本ではベートーヴェンを演じている方は多くはいなかったんです。だから周りを意識せず、とても新鮮な気持ちでこの台本を自分の中に浸透させていきました。
台本を読んで感じたままを演じて、それがいつの間にか稲垣吾郎のベートーヴェンになっていったと思います。もしかしたら少し自分に引き寄せていっちゃったのかもしれないです。全然違うよと天国から本人に言われているかもしれませんね(笑)。
――苦悩が多い役ですが、私生活にまで引きずってしまうことはありませんか?
私生活が引っ張られることはないですね。俳優は毎回役に引っ張られると、身が持たなくなるでしょ。作品はみんなで作るものですし、プロとしては独りよがりになることも違うかな、と僕は思っています。
文=綿貫大介
写真=榎本麻美
ヘアメイク=金田順子
スタイリスト=黒澤彰乃
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