「垂れているのが水なのか経血なのか」「いずれ無月経に…」パラ競泳選手・石浦智美が語る視覚障害と生理
CREA WEB / 2024年12月17日 11時0分
ようやく語られ始めた「生理」のこと。しかし見過ごされがちなのが、障害を持つ女性たちの存在です。そんな中、視覚障害がある競泳選手の石浦智美さん(36)は月経カップ愛用者であることを公表。今では「手放せない存在」としてパラアスリート仲間におすすめすることもあると言います。
今回はそんな石浦さんと、石浦さんが月経カップを使う際にサポートをしたインテグロ株式会社の神林美帆さん、同社の生理ケア&月経カップアドバイザーで、元競泳選手の木下綾乃さんにインタビュー。一人の女性として、アスリートとして、どのように生理と向き合ってきたか伺います。
徐々に視力を失いながら、水泳に熱中した10代の頃
――先のパリ・パラリンピックでは、水泳競技4種目に出場し、混合400メートルリレーで6位、女子100メートル自由形で8位に入賞と大活躍された石浦さん。まずは改めて、石浦さんの障害や、水泳を始められたきっかけについて教えてください。
石浦 生まれつき、緑内障と無光彩症(※)という病気があります。幼い頃はわずかに見えていたのですが、徐々に視力が低下して、現在ではほとんど見えない状態になっています。
水泳を始めたのは2歳頃です。当時は喘息気味で医師にすすめられたことと、2人の兄が水泳をやっていたことも影響していたと思います。始めたばかりの頃のことは覚えていませんが、泳ぐことは得意で、楽しかったですね。障害があると、スポーツ競技によっては、できないこともたくさんありますが、特別な道具のいらない水泳では、障害があるなしに関係なく平等にできるスポーツだと感じて、どんどんのめり込んでいきました。
初めて競技大会に出場したのは10歳のときです。障害者の水泳大会があることを教えていただき、出てみようかなと思いました。
※先天性緑内障…眼の角膜と虹彩が接合する「隅角(ぐうかく)」の発育異常により、眼圧が上昇し、視神経が障害される病気。
無光彩症…目に入る光の量を調整する虹彩が生まれつき欠損している病気。
――初めて出場された大会のことは、覚えていますか?
石浦 メダルを獲得できて嬉しかったですね。同じ年にシドニーオリンピック・パラリンピックが開催されていて、いつか自分も……と意識しはじめました。本格的に世界を目指したいと思うようになったのは、高校生で国際大会に出場した頃からです。
――いわゆる健常者のアスリートは20代で引退される方が多いのに比べて、石浦さんは36歳の今も現役です。パラアスリートは年齢を重ねても活躍している方がたくさんいらっしゃる印象があります。
石浦 障害のレベルによっても差があって、軽度の障害の場合は、健常者と同じように新しい選手がどんどん登場して、20~30代で引退するケースが多いですね。一方で私のように重度のクラスでは、体力だけでなく細かい技術や身体感覚を求められるので、場数を踏んで経験を積むことも大事。視覚障害の選手や、車いすを利用している選手は競技寿命が長い傾向があります。
足を伝うのが水なのか経血なのかわからない
――ここから今回のテーマに入っていくのですが、初潮を迎えた頃にはすでに水泳を始められていたんですよね。
石浦 はい、初めて生理になったのは中学2年生の時でした。
通っていた盲学校には女性の生殖器の模型があって、それを触りながらここは膣で、ここが子宮、と確認しながら、タンポンの使い方を教わりました。
――健常者でも生理中の水泳は困ることが多いですが、ほぼ毎日水の中で練習をされる石浦さんには、どんなお悩みや困りごとがありましたか?
石浦 水泳選手の多くがタンポンを使用しており、私もそうでしたが、長時間プールにいると紐を伝ってタンポンが水を吸収してしまうんです。プールに入っている間は水圧の影響で経血は出ませんが、プールから上がった瞬間、タンポンに吸収しきれなかった経血が漏れてしまうことがよくありました。
私の場合、水着から液体が垂れる感覚があっても、それが水なのか経血なのかを見て確認することができません。それがいつも不安でした。
――大事な大会と生理が重なってしまった経験は?
石浦 もちろんあります。でもそれは、そんなに気にしていなかったかな。
生理と大会が重ならないでほしいと思うようになったのは、国際大会に出場するようになってからですね。
――それは何かきっかけがあったんでしょうか?
石浦 やっぱり、生理になるといろいろ面倒じゃないですか(笑)。
遠征の時は荷物が増えますし、大人になるにつれて生理痛もだんだん辛くなってきて……。
「いずれは無月経に……」アスリート外来でピルをすすめられた
――ピルでコントロールしようと思ったことは?
石浦 周りにはピルを飲んでいる選手もいましたが、当時は「飲み続けるとがんになりやすい」「血栓ができやすくなる」などのネガティブな情報が多くて、使いたいとは思えなくて。
ピルを飲み始めたのは、2016年頃です。社会人になって、フルタイムで働きながら競技活動もしていたら、だんだん追い込まれて体調が悪くなってしまって……。その時、会社の産業医の先生から「アスリート外来」があることを教えてもらい、順天堂大学附属順天医院の女性アスリート外来を受診しました。そこで高プロラクチン血症と診断されて、初めて自分の体の状態を知ったんです。
――高プロラクチン血症。それはどんな病気ですか?
プロラクチンは「乳腺刺激ホルモン」と呼ばれる、出産後に多く分泌されるホルモンなのですが、出産や授乳をしていないのにプロラクチンの数値が高い状態を高プロラクチン血症というそうです。検査の結果、過度なストレスによってプロラクチンの数値がかなり高くなっていて、いずれは無月経になる可能性もあると言われました。その際、ピルをすすめられ、正しい情報も教えてもらえたことで、飲んでみようと思えたんです。
――医師からちゃんとお話が聞けてよかったですね。
石浦 そうですね。それまでは婦人科に行く気にもなりませんでしたし……。会社の健康診断で婦人科検診を受けたことがなかったわけではないですが、どうしても抵抗がありました。見えない、ということでなかなか前向きになれない面はあったと思います。
Facebookの投稿で「月経カップ」と出会った
――月経カップとは、どんな風に出合われたのでしょうか?
石浦 2019年に、当時フィンスイミング日本代表選手だった山階早姫(やましな・さき)さんがfacebookで月経カップについて発信されていたんです。
そこには、「月経カップを使うことでトレーニングに集中できるようになった」「荷物が減った」「汚れない」とか、良いことがたくさん書かれていたので、使ってみたいなと思いました。そこで、すぐに山階さんに連絡して「目が見えない私にも使えるかどうか」を聞いてみたんです。
木下 山階さんは私が競泳選手だった頃からの仲間で、現在はインテグロの月経カップアンバサダーも務めてくださっています。
そんなご縁もあり、山階さんから私に「視覚障害があっても月経カップを使えるのか」を一緒に考えてほしいと相談がありました。話し合った結果「健常者だって膣の中は見えないのだから、“使いたい”という気持ちがあれば十分に使えるはずだ」と。
ただ、形状や使い方などは、どうしてもテキストだけでは伝わりにくいので、直接石浦さんにお会いして、カップを触ってもらいながら説明することになったんです。
――月経カップを使うにあたり、インテグロの木下さんや神林さんはどんなサポートをされましたか?
神林 まず、月経カップを手に取っていただき、形状や大きさ、やわらかさや弾力性などの感触を確認していただきました。その後、カップの折りたたみ方を練習しました。手を丸めて膣に見立てて、その中に折りたたんだカップを入れ、中でポコンと開かせる練習や、膣に密着させた状態から空気を抜いて取り出す練習も行いました。
このイメージトレーニングは、私たちが月経カップ講座でも行っている内容と同じで、YouTubeなどでも公開しています。
――石浦さんは実際に月経カップに触れてみて、いかがでしたか?
石浦 最初は「これが本当に入るのかな?」という不安はありましたが、触って説明を聞いているうちに、これなら私にも使えそうだなと思いました。
実際、慣れるまでに3カ月くらいかかる人が多いと聞いていましたが、私は想像以上にスムーズに装着でき、違和感なく使えたんです。
神林 そのお話を伺った時はとても驚きました。もしかすると、目が見えない石浦さんのほうが指先の感覚が優れていて、それが月経カップの扱いにも役立っているのかもしれませんね。
「視覚的に生理用品の在庫を確認することができない」
――月経カップを使ってから、どのように生活が変わりましたか?
石浦 生理中でも安心してプールに入れるようになったことはもちろんですが、特に大きかったのは、生理用品の買い物が不要になったことですね。
これまでは、ドラッグストアで生理用品を買いたい時、自分が欲しいナプキンやタンポンがどこに置いてあるかわからないので、必ず店員さんにお願いして売り場まで案内してもらい、商品を探していただく必要がありました。特に男性の店員さんだと、どの商品を欲しいのか伝えるのに気を遣うこともあって……。
また、みなさんも家にある生理用品が少なくなっていることに気づいて、買い物に行くことがあると思いますが、私の場合、視覚的に生理用品の在庫を確認することができません。そのため、ナプキンやタンポンがあと何個残っているかを、常に頭の中で把握しておかなくてはいけなくて、その管理が意外と大変なんです。
――そんな困りごとがあったとは、思いもよりませんでした。
石浦 そうしたストレスから完全に解放されたのは大きかったです。遠征の時の荷物も減りましたし、ナプキン特有のモコモコとした不快感や、夏の蒸れからも解放されました。これだけでも、月経カップに変えてよかったと心から思います。
――ほかにも、月経カップを使ってみて良かったことはありますか?
石浦 はい。カップに溜まった経血を指で触れることで、自分の経血量を初めて知ることができました。さらに、私が使っているカップには凹凸のある目盛りがついているので、正確な量を確認することができます。タンポンやナプキンでは、なんとなくの感覚でしか経血量をイメージできていなかったのですが、生理が終わったかどうかも正確に判断できるようになりました。
――想像していた以上に、良いことづくめだったんですね。
神林 一度、石浦さんから「カップを紛失してしまいました!」とご連絡をいただいて、慌てて新しいものを送ったこともありましたよね。
石浦 ありましたね。あの時は海外遠征の準備をしていて、荷物に入れようとしたら、見当たらなくて焦りました。おそらく、洗って干している間にどこかに紛れてしまったのだと思います。それ以来、練習用バッグに入れて、常に持ち歩くようにしています。
――それくらい、なくてはならない存在だということですね。
石浦智美(いしうら・ともみ)
新潟県上越市出身。生まれつき、緑内障と無光彩症があり、将来的には見えなくなるだろうと診断される。医師のすすめで2歳ごろから水泳をはじめ、高校3年生で初めて国際大会へ出場。東京パラリンピック、パリパラリンピックに2大会連続で出場し、東京では50m自由形で7位、パリでは混合400mリレーで6位、100m自由形で8入賞を果たした。伊藤忠丸紅鉄鋼株式会社所属。
神林美帆(かんばやし・みほ)
インテグロ代表取締役。約8年間、国内大手航空会社で国際線キャビンアテンダントとして勤務。その後、カナダへ留学し、帰国後は米国口腔ケア商品の日本市場立ち上げに従事。青山学院大学大学院国際マネジメント研究科(MBA)修了。2016年、月経カップと出会い、その快適さと安心感に感銘を受け、2018年にインテグロ株式会社の代表に就任。著書に『私たちの月経カップ:より快適な新しい時代の生理用品』(現代書林)がある。
木下綾乃(きのした・あやの)
生理ケア&月経カップアドバイザー。筑波大学 体育専門学群 卒業、中高保健体育教員免許取得。筑波大学 人間総合科学研究科 体育学専攻 博士前期課程 修了。3歳から水泳を始め、約18年間にわたり競泳選手として活躍。月経カップを使い始めてから、生理中の過ごし方や生理への意識が大きく変化。これまでの経験を活かし、月経カップの選び方や使い方、生理ケアに関する情報をワークショップやSNSなどで発信している。
文=河西みのり
撮影=平松市聖
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