大ヒットした前作は「見る必要がない」。“現代版『エマニエル夫人』”の監督が主人公を主体的で大胆な女として描いた理由
CREA WEB / 2024年12月28日 17時0分
日々激変する世界のなかで、わたしたちは今、どう生きていくのか。どんな生き方がありうるのか。映画ライターの月永理絵さんが、映画のなかで生きる人々を通じて、さまざまに変化していくわたしたちの「生き方」を見つめていきます。
今回は、1月10日から全国公開される映画『エマニュエル』のオードレイ・ディヴァン監督に注目。
あらすじ
香港の高級ホテルにサービスや設備の品質調査をしにやってきたエマニュエル・アルノー(ノエミ・メルラン)。依頼主であるオーナー企業が彼女を送り込んだ本当の目的は、ホテルの支配人マーゴ(ナオミ・ワッツ)を失脚させることにあった。策略に巻き込まれたエマニュエルは、ホテルの裏側を探るうち、奇妙な滞在客ケイ・シノハラ(ウィル・シャープ)やコールガールのゼルダ(チャチャ・ホアン)と出会い、彼らの怪しげな挙動に魅入られていく。『あのこと』のオードレイ・ディヴァン監督が、エマニエル・アルサンの官能小説「エマニエル夫人」を映画化。
「1974年版の『エマニエル夫人』を見たことがなかったんです」
先日、東京国際映画祭にあわせて来日したオードレイ・ディヴァン監督にインタビューをした際、まず尋ねたのは、1974年に一度作られた『エマニエル夫人』をなぜ再び映画化しようと考えたのか。質問に答える前に、監督はまず笑顔でこう前置きをした。「実は1974年版の『エマニエル夫人』を見たことがなかったんです。映画化の企画を聞いたあと、初めて見てみましたが、開始から数分で止めました。わざわざ見る必要がないなとわかったので」。
監督のきっぱりとした言葉に、驚くと同時に拍手を送りたくなった。今見ると明らかに女性差別的で植民地主義的な内容を含む以前の『エマニエル夫人』を監督はどう考えているのか。そんな私の疑問に対する見事な返答だった。前作のことなど気にする必要はない、そんなもの潔く無視しましょう。同じ原作をもとにしながらも、これは前作とは何の関係もない、まったく新しい映画なのだから。
新しい映画において、ノエミ・メルラン演じる女性はたしかに「エマニュエル」ではあるものの、実際にその名前が呼ばれることは一度もない。名前が発せられるのは、ホテルのスタッフから「ミズ・アルノー」と呼ばれるときだけ。あまりにも有名な彼女の名前をあえて呼ばせないのは、ここに映るのは、家族や友人の前で見せる「エマニュエル」としての顔ではなく、仕事の場で見せる「ミズ・アルノー」としての顔だ、ということだろう。そもそも、彼女が結婚しているかどうかや性的指向といった、私生活を匂わす要素は、この映画ではほとんど何も見せてはくれない。
一方で、日常での彼女のあらゆる姿を私たちは目撃する。食事をし、プールやスパでリラックスし、バーで酒を飲み、ベッドで眠る。でもそれらは私生活とはいえない。ホテルという非日常的空間で、仕事として日常を過ごす彼女にとって、「私」と「公」との区別はきわめて曖昧だ。
日常行為のすべてが仕事に結びついている彼女にとって、セックスをする時だけがつかのまの休息ともいえる。どこにいようとエマニュエル・アルノーは積極的にセックスの機会をものにしていく。けれど、行為の最中でさえ、彼女の顔には悦びやリラックスした様子は認められない。退屈しきったその表情から、彼女がある種の不感症に陥っているのがよくわかる。
性的に“教育”される前作、自ら“冒険に繰り出す”今作のちがい
不感症の原因は、日常と非日常が混じり合うホテル暮らしのせいだろうか。つねに清潔に整えられ、外部から完全に切り離された高級ホテルは、穏やかな音楽と空気に満ちた空間であり、汚れたもの、未知のものは徹底して排除される。これほど均質で不変の場所に居続けるうち、あらゆる刺激に無感覚になったとしてもおかしくはない。
とはいえ、ホテルはひとつの象徴にすぎない。現代の資本主義社会では、あらゆるものが商品化され、どこへ行っても同じような景色ばかりが溢れている。そんな場所で、新しい何かに驚いたり、未知のものに出会うのはあまりに難しい。自分自身の欲望と感じたもの自体が、実はすでに社会によって用意されたものであると、誰もが心の底では気づいている。
失われた欲望を取り戻そうとするように、エマニュエル・アルノーは、貪欲にセックスの機会に飛びつくが、それらはポルノ映画や三文小説のストーリーのように陳腐なものでしかない。飛行機で出会ったゆきずりの男と。不倫関係にある男女二人組と。アジア人のコールガールと。安っぽい快楽に自ら身を委ねていく姿に、彼女の人物像をどう捉えていいか、戸惑う人がいても無理はない。
でも、それこそがこの映画の挑戦だ。ひとりの女性が欲するものの正体を見せるのではなく、欲望の探求の過程を見せること。そのための装置として、ここには閉じられた扉がいくつも登場する。飛行機のトイレやホテルの部屋、庭の片隅にある寂れた小屋の扉は、どれもかたく閉じられ、さあ中を覗いてごらんと誘惑する。閉じられた扉が開くまでの刹那、好奇心と欲望が最大化する。
エマニュエル・アルノーは、自らの欲望を刺激するものを求めてやまない。ただし、彼女が望むのは性の探求とはまた違う。大事なのは、何か未知のものに触れたい、こことは別の何かを目撃したいという好奇心だ。未知の快楽に導いてくれる人がいなくても、性の手ほどきをしてくれる人がいなくても、彼女はたったひとりで冒険へとくりだせる。怪しい秘密に満ちた部屋も、決して開かない扉も、ある意味では彼女の想像力の産物だ。
たとえ扉が開いた瞬間に失望するだけだとしても、そこに広がる風景が結局はどこかで見たような陳腐なものだったとしても、欲望の渦の中へと、彼女は臆することなく飛び込んでいく。実際にそこに何があるかは重要ではない。未知のものへと向かっていく大胆さと、扉を開ける勇気。それこそ、私たちにいま必要なものかもしれない。
文=月永理絵
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