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「韓国の映画好きはいま日本人監督の作品を観ている」気鋭の若手作家が語る、韓国映画界の“知られざる一面”

CREA WEB / 2024年12月24日 11時0分

 韓国で最も権威があるといわれる「李箱文学賞」や、デビュー10年以内の作家が対象の「若い作家賞」など、デビュー数年にして数々の名だたる文学賞を受賞しているソ・イジェ。短編集『0%に向かって』の出版に伴い、来日を果たした。


『0%に向かって』ソ・イジェ(著)、原田いず(翻訳)左右社

 モータウンサウンド、HIPHOPなど、一般的に“Kカルチャー”として人気のある音楽やドラマには登場しない「ソウルのB面」を描いたことでも注目を集めている小説だ。著者がソウル芸術大学の映画学科に通っていたというだけに、韓国の独立映画について書かれた表題作からは、韓国映画のB面も見えてくる。

 それと同時に、韓国の独立映画などから現代社会を描くことで、若者のリアルだけでなく、それ以外の世代も含む人々の暮らしが見えてくるような小説になっている。


「韓国の映画好きはいま、日本人監督の作品を観ているんです」

 表題の『0%に向かって』のタイトルの意味を知ると、正直、せつない気持ちにもなる。このタイトルは、韓国の映画業界の中で、インディペンデント映画(以下、独立映画)の観客占有率が1%にすぎず、しかもその1%すら維持できずに0%に向かっているということからきている。

ソ・イジェ(以下、イジェ) 「韓国でいう『独立映画』というのは、資本やシステムからの“独立”を意味しています。いま、商業映画と独立映画はお互いに敵対しているような状態。ですが健全な映画の市場は本来、それらが二項対立的に存在するのではなく、相互作用があるべきなんです。

 かつて、韓国にはミジャンセン映画祭というものがありました。独立映画の映画祭だったのですが、受賞者は商業映画デビューできるというコースがありました。独立映画の賞なのに、商業映画への登竜門になってしまっていたんです。しかもその映画祭もコロナ禍をきっかけに終了してしまいました。新人監督を発掘することすら、難しくなっています。

 いつか商業映画を撮るために独立映画を通過するというアイロニーが生まれ、独立映画からどんどん人がいなくなっている。独立映画は、商業映画の準備をするための『習作の場』ではないのですが……」


左が『0%に向かって』の原書。装丁は「0%に向かっていくさまをイメージしています」(イジェさん)。

 日本に目を向けると、たとえばカンヌ映画祭や米アカデミー賞などで受賞した映画『ドライブ・マイ・カー』の濱口竜介監督は、受賞後も独立映画を撮り続けている。イジェさんの目にはどのように映るのか。

イジェ 「まさに韓国の映画好きたちはいま、濱口竜介監督や『ケイコ 目を澄ませて』の三宅唱監督、『本心』石井裕也監督などの作品を観ています。最近は韓国で三宅監督の最新作『夜明けのすべて』が公開されて、私も観に行きました」

 瀬尾まいこ原作の『夜明けのすべて』は、PMS(月経前症候群)に悩む藤沢(上白石萌音)と、パニック障害を抱える山添(松村北斗)、ふたりの若者の物語だ。

イジェ 「山添くんと藤沢さんの関係性が、恋人にはならないんですよね。その距離感がよかったです。また、ひとつひとつのショットが丁寧だし、俳優の演技もよかった」

影響を受けた世界の小説


ソ・イジェさん。

 日本の映画に多大な影響を受けたイジェさんだが、執筆においては『ゴドーを待ちながら』のサミュエル・ベケット、独創的な文体で言語の世界を探求する韓国の作家ハン・ユジュ、20世紀オーストリアを代表する作家のひとりトーマス・ベルンハルトなどに影響を受けた。

イジェ 「ベケットは“何もないことを語る”作家として知られています。なんでもないことを並べていることが、ホワイトノイズのようなんです。沈黙を語ることで、沈黙に近づいている、そんなアプローチの仕方によって、なんでもないことがエネルギーになるような、そんな風に生きられるんじゃないかと感じられるところが魅力だと思います。

 ハン・ユジュの場合は、小説というものが言語によってできているのだと感じさせてくれた作家です。面白いことを書くのが小説なのではなく、言語を通じて物語を書くということが小説なのだということに気づかせてくれました。

 トーマス・ベルンハルトは、反復が多くリズムを感じる独自の文章形式のなかで、人生の問題や暮らしを描いています。日常のなかで歯磨きをしたり、散歩をしたり、そういうごくごく当たり前の行為とともに我々は生き続けているんだということを、文章によって表現していると思います」

 数々の作家に影響を受けたイジェさんの『0%に向かって』も、韓国で今を生きる若者たちの息遣いが聞こえるような「何でもない」「ごくごく当たり前の」日常が鮮明に描かれている。

イジェ 「私の小説を読んだ複数の友人から、2019年に公開された韓国の独立映画『チャンシルさんには福が多いね』のことを思い出したという感想をもらいました。仕事一筋に生きてきたチャンシルが失職を機に人生を見つめ直す物語です。

 生活や暮らしには、劇的な何かが必要なわけではないし、劇的な成功が必要なわけでもなく、よく食べて、よく暮らして、よく一日を過ごすということが大切なのではないでしょうか。以前はそのように生活を意識することは少なかったかもしれません。でも今の若い世代はそんな風な認識に変わっていきつつあるのを感じます。私は小説を書くことを通して、そういう生き方を考えていきたいと思っています」

ハン・ガンさんノーベル文学賞受賞について


『0%に向かって』原書。

 最後に、今年は韓国の作家、ハン・ガンがノーベル文学賞を受賞したことが話題となった。ハン・ガンさんと同じ出版社から小説を出したソ・イジェさんからは、このことはどう見えているのだろうか。

イジェ 「ハン・ガンさんは、すでにたくさんの良い作品を出していて、韓国では認められている作家です。私は、自分が生きている間に、韓国の作家がノーベル文学賞を受賞するとは思っていなかったのですが、万が一、受賞するならば、それはハン・ガンさんであってほしいとずっと思っていたので受賞は本当に嬉しいニュースでした」

ソ・イジェ

1991年、韓国・清州(チョンジュ)生まれ。ソウル芸術大学映画学科卒。在学中に小説を書きはじめ、2018年に中編『セルロイドフィルムのための禅』が「文学と社会」新人文学賞を受賞し、デビュー。2021年に『0%に向かって』で若い作家賞、本書で今日の作家賞を受賞。続く2022年には『頭蓋骨の内と外』で2年連続となる若い作家賞、『壁と線を越えるフロウ』で李箱文学賞優秀賞、『0%に向かって』でキム・マンジュン文学賞新人賞を受賞と、デビュー数年にして数々の名だたる文学賞を受賞している。

文=西森路代
撮影=山元茂樹
通訳=原田いず

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