「幸福になる恋愛のゴールは?」岡村靖幸が某アーティストの言葉から考えた、恋愛において絶対に譲れない条件
CREA WEB / 2024年12月27日 11時0分
岡村靖幸さんの対談集『幸福への道』の出版を記念して行われたトークイベント。素敵な本屋さん(東京・麻布台ヒルズの大垣書店での「夜の読書会」ということで、特別に岡村さんの愛読書を紹介してもらいました。イベントの最後にはファンのみなさんから募集した「幸福」にまつわる質問に、岡村さんがひとつひとつ真摯にお答えする場面も!
岡村の愛読書『富士日記』の魅力
――今日は「夜の読書会」ということなので、岡村さんの愛読書についても伺いたいと思います。岡村さんは、武田百合子の『富士日記』を繰り返し読まれているそうですね。
岡村 はい。この本は本当に素晴らしいんです。武田百合子さんは、旦那さんが作家の武田泰淳さんで、彼女自身はずっと専業主婦だった。文筆活動はなさっていなかったんですが、昭和39年、1964年に富士の裾野に家を買って、そこで夫婦で暮らすようになり、旦那さんに勧められ、そこでの日々を日記に綴るようになる。そしてそれは、旦那さんが亡くなる1976年まで、12年間続いた。それをまとめたのが、この本なんです。
――少し補足しておくと。武田百合子は1925年、大正14年、横浜生まれ。裕福な家に育ちます。女学校時代は詩や文章を書くのが好きだったそうで、新聞の詩歌欄に投稿をしては入選したりもしたそう。そして、戦後、出版社に就職するんですが、出版社の社長が経営する文壇バーの女給をやらされるようになり、そこで武田泰淳と出会う。そして恋に落ち、同棲を始め、いろいろなんだかんだを経て、1951年に泰淳と結婚、一人娘ーーこの方は後に写真家・武田花さんとなりますーーを授かり、家族3人になるわけです。
岡村 とにかく、彼女の文章の中に、あの頃の、1960年代70年代の昭和の空気がそのままつまっているのがいいんです。主婦の日記ですから、今日は何時に起きて、今日の料理の献立はこうで、夕方になると酒屋からビールがワンケース届いて、家に誰がやってきて、酒の肴はこういうのをつくって、テレビではこんな番組をやっていて、というごく普通の日常が綴られている。もちろん、作家の家ですから、有名な評論家や編集者が家にやってきたり、面白いエピソードもたくさんあります。
とにかく、武田百合子という女性の日常が、実に生き生きと描かれているんです。不便な田舎暮らしではあるけれど、めいっぱい生活を楽しみ、どんなことに笑い、どんなことに怒った、ということも書かれている。独特の視点があるんですね。ユーモアのセンスもすごくあるし。
――非常に文章がうまい人ですよね。もともと文才のある人だったんだなと。ですから、彼女にとっての「デビュー作」がこの『富士日記』。夫の死後、「武田泰淳追悼号」で日記の一部を発表したのがきっかけとなり、編集者の勧めで出版するに至り、そこから彼女の随筆家としての活動が始まる。実に50代になってからの文筆家デビューとなるんです。
岡村 ほんと、面白いです。僕は、何回も何回も読み直しているんです。
――文庫版では上・中・下とありますが。
岡村 好きなところから、適当に開いて読むんですよ。日記ですから、どこから開いてもいい。別に順番なんて関係ありませんから。
――他人の日記って、すごく面白いですよね。私も日記文学は結構好きで、『ウォーホル日記』をよく読むんです。悪口ばっかり書いてあって(笑)。でも、岡村さんがおっしゃるように、「何を食べた」とか、そういったなんでもない記述が妙に刺さるんですよね。
岡村 「週刊文春」で小さな漫画の連載、やってるじゃない。エッセイ漫画。
――ああ、『日々我人間』ですね。
岡村 そう。桜玉吉さん。僕、ああいうのが好きなんです。あとそう、翻訳家の岸本佐知子さんも『富士日記』を絶賛されていました。読んだことがない人はぜひ読んでみてください。
岡村ちゃんへの質問コーナー
――そして。今回のトークショーを開催するにあたり、岡村さんへの質問を募ったところ、542通! 集まりました。その中からいくつか、岡村さんに答えていただこうと思います。
岡村 いいですよ。
――では、第1問。「小説はハッピーエンドとバッドエンド、どちらが好きですか」。
岡村 どちらも好きだけど、ハッピーエンドかな。読後感がいいでしょ。足元をすくわれるみたいな終わり方はSF小説が多いのかな。「ジョニーは戦場へ行った」みたいな事かしら?
――戦争に行った主人公が無残な姿で戻ってきて、最後は死ぬことも許されないという。アメリカでは戦争が起こるたびに発禁処分になることで有名な小説ですよね。
岡村 あれは究極のバッドエンドでしょうね。
幸福になる恋愛のゴールとは?
――では第2問。これはかなり個人的なご相談ですが。「 最近娘はお付き合いしている方に結婚を匂わされては別れるを繰り返し、恋愛のゴールがわからない」とのこと。岡村さん、幸福になる恋愛のゴールってなんでしょうか。
岡村 難しいなあ。恋愛のゴールが結婚とは思わない。ただ、結婚する、あるいは同棲する、暮らす、となると、生活を一緒にするじゃないですか。長い時間一緒にいる。そうすると、いいところだけじゃなく、嫌なところが見えてくるでしょ。惚れた腫れただけじゃなく、生理的にこの人を受け入れられるのか、という部分が試される。すると、相手と息が合わないとなかなか難しいのかな。
以前、とある女性アーティストに言われてすごく印象に残っている言葉があるんです。結婚や恋愛でいちばん大事なことはなんですか、と彼女に聞いたときに、「岡村ちゃん、最後は顔よ」って。「どうしてですか?」って聞いたら、「結婚して長いこと一緒にいると、その人のいろんな面を見るじゃない。許せないこととか、すごく頭にくることとか、そういうこともたくさんある。そんなときに、最終的に許してあげられるかどうか、まあいっかと思えるかどうかは、相手の顔。この顔、やっぱり違う! と思うと許せなくなる」って。顔がハンサムだとか美人だとか、そういうことじゃなく、自分の好みの顔かどうかが重要なんだと。
――それは一理あるかもしれませんね。自分の顔に似た人を好きになるってよく言うじゃないですか。それは結局、相手のことを許すために自分と近い顔の人を選ぶのかも。
岡村 でも、自分に似てない人のほうがいいのでは? じゃあ、パートナーとものすごい喧嘩になって、許せないことがあったとして、最後の最後の最後の最後に、 顔で許せます? やっぱこの顔、好きなんだよなあ〜って。
――自分にとって心地いい存在かどうかが重要で。顔だけじゃなく、雰囲気全体が好みか好みじゃないか、はあるかもしれません。
岡村 あ、これ違う! と思ったら難しい?
――そうなのかも。
岡村 猫もね。
――猫はどんな猫でもいいですよ! 懐かない猫でも。
岡村 「猫も、杓子も。」を観ててすごく思ったんだけど、猫ってさ、おじいちゃんだろうが、子供だろうが、かっこいい人だろうが、かっこよくない人だろうが、同等に「にゃー」って言うじゃない。人類みな平等に扱ってるんだよね。
――次の質問です。「岡村ちゃんが日常で幸せだなと感じることはなんですか」。この質問はたくさんの方から寄せられました。「何を食べると幸せな気持ちになりますか」というのもあります。
岡村 なんでもいいです、僕は。猫がかわいいとか、「富士日記」を読んでいいなあとか、食べものがおいしくて幸せだなとか。
――じゃあ、最近幸せを感じた食べものは?
岡村 昨日食べたウナギ、おいしくて幸せでした。ウナギって体にもいいじゃないですか。医食同源も考えますよ。体にもいいものを食べることができれば幸せだなって。
生クリームたっぷりのパンケーキを手作り
――では続きまして。「岡村さんは、相手に何かをしてあげることと、相手から何かをしてもらうこと、どちらに幸せを感じますか」。
岡村 どちらも幸せを感じます。僕は結構、誰かに何かをしてあげる方だとは思いますけれど。
――さきほど、土井先生の話の中で言いましたが、岡村さん、コロナのときに生クリームたっぷりのパンケーキをせっせと作ってたじゃないですか。「これ自分で食べるんですか?」って聞いたら、いつもご一緒されているスタッフやミュージシャンの方たちが食べさせられていたという(笑)。
岡村 僕、『dancyu』を愛読してるんですけど、誌面に載ってるレシピを見ながらよく作るんです。ほんと、コロナのときはずっと作ってました。
――そして、これも結構多かった質問です。「岡村さんの子供の頃の幸せな記憶ってどんなものですか?」。これは例えば、夕飯のカレーの匂いの記憶、とかそういうことですけれども。
岡村 炬燵に入ってドリフターズを観たり、 その炬燵の上にはみかんがあったり、そこで家族みんなで食事をしたり。そういうささやかなことでしょうね。あと、家族旅行したときも楽しかったでしょうね。
幸せのために手放したもの
――では次。「執着や期待を手放せば幸せになれると聞きますが、岡村ちゃんが幸せのために手放したものはありますか?」
岡村 煩悩だらけになってしまうと生きるのに四苦八苦してしまうわけで、そういうものをすべて捨て去ることが平穏で幸せな人生につながる、というのは仏教の教えだったような気がするんですが。幸せのために手放したもの……難しいなあ。なんだろうなあ。自分じゃわからないんですが、なんかあるでしょうね、きっと。
――以前、岡村さんは「若い頃は結構虚栄心があったけど、いまはもうなくなった」とおっしゃっていましたよね。
岡村 虚栄心、ないような気がするなー、いまは。そうですね、虚栄心を捨てたのかもしれませんよね。若い頃はありました。
――裸に革ジャンの頃ですか(笑)。
岡村 だったかもしれません。いい車に乗りたいとか、ブランドものの服を着たいとか、世田谷区全体ぐらいの広さの家に住みたいとか(笑)。でも、それも結局、共有できたり自慢できないと侘しいだけじゃない。世田谷区全体に住もうが、ブランドものを着ようが、素晴らしい車に乗ってようが虚しいだけ。だからそういった虚栄心は、だんだんだんだん削ぎ落とされたような感覚はありますけどね。
「性善説」への複雑な思い
――次は結構深い質問なんですが。「対談の中で『性善説って信じますか』という質問を岡村さんは何度かされていたと思いますが、岡村さん自身は性善説についてどのようにお考えですか? これまでいろんな方に質問されて、なるほどと思ったことがありますか?」
岡村 これはね、僕はよくいろんな人に聞くんです。「週刊文春」の阿川佐和子さんとの対談でも阿川さんに聞いたと思うんですが。昨今、いろいろな事件があるじゃないですか。例えば、オレオレ詐欺とか。おじいさんやおばあさんが一生懸命働いて貯めたお金を狙うわけでしょ。そういう方を騙してお金を奪おうという発想自体が酷いし、人間はそんな考え方をしてしまうものなんだと。そういうときに、性善説を疑います。
ただ、環境によって人は変わるじゃないですか。昔、アンデス山脈に飛行機が不時着したエピソードで、そういうことがあったけれど、人間って極限状態に追い込まれるとモラルも変わってくる。どんな聖人君子であろうとも。でもだからといって、人間は生まれつき邪悪だとも思わない。性善説を信じないとやっていられないところもあると思いますけどね。
大人になってからの親友・斉藤和義
――では、最後の質問を。斉藤和義さんに関する質問です。今回、本の中でも、斉藤和義さんと対談されましたが、岡村さんにとって吉川晃司さんは若い頃の親友で、斉藤和義さんは大人になってからの親友なんだなと、横で見ている私たちにもよくわかったんですが、読者の方々にもそれは伝わっていて。こんな質問がきたんです。「和義さんと出会い、親友になって、岡村ちゃんの幸福度は増しましたか?」
岡村 和義さんは大事な友だちです。心を許せる大事な存在。
――今年は、斉藤さんと「岡村和義」というユニットを組んで活動しましたけれど、それによって岡村さん自身の変化はありましたか?
岡村 和義さんと一緒にやることで自分の違う面や別の面白さが引き出されたようには思います。なんだろう、自分がメインでガッツリやってること以外の部分でいろんな人を楽しませることができたというか。それはとても自分自身にとって豊かな経験になったと思うし、とってもラッキーだなとも思っています。幸福度がアップしたかといわれれば、そうかもしれませんね。
――では最後に。私からの質問です。岡村さんにとっての幸福とは?
岡村 例えば、大きな本屋さんに来るとするじゃない。ここはアート系の本や趣味のいい本がセレクトされているからそういう本屋さんではないけれど、1階から6階まで本屋さん、みたいな大きな書店だと、1階にはだいたいハウトゥーものの本ばかり置いてあって。どうすれば豊かな人生を送れるのか、どうすればお金が貯まるのか、どうすれば無駄を省けるのか、そういった人生メリット系がワーッと並んでる。
でもね、いくらそういう本を読んでも、すべては健康あってのことだと思うんです。お金を楽しむことも、食事を楽しむことも、人生を楽しむことも、まず健康でなくては享受できない。そして、心身ともに本当に健康であるならば、ほんのささやかなことに幸福を感じられるようになるはず。ハウトゥーもメリットもいらなくなると思うんです。焼き魚がおいしい、夕焼けがきれい、猫がかわいい。それだけで十分。だから、僕の結論としては、健康であること。それが幸福への道だなって。
岡村靖幸(おかむら・やすゆき)
1965年兵庫県生まれ。音楽家。
文=辛島いづみ
写真=佐藤 亘
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