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【前半総括】「おむすび」を“雑な朝ドラ”と評価するのはまだ早い? 震災を描くために“ギャル”が欠かせなかった理由《あの朝ドラ金字塔との共通点も》

CREA WEB / 2024年12月27日 6時0分

「ギャル要素いる?」「『虎に翼』より浅い」辛辣な評価に感じた“違和感”


朝の連続テレビ小説「おむすび」で主演を務める橋本環奈 ©文藝春秋

 連続テレビ小説「おむすび」(NHK総合ほか)が折り返し地点を迎えた。本作は、元号が平成になったその日に生まれ、6歳のときに阪神・淡路大震災に被災した主人公・米田結(橋本環奈)がギャル文化と出会い、栄養士となって「縁・人・未来」と大切なものを結んでいく青春グラフィティ。

「幸せって何なん?」との週タイトルがついた年内最後の放送週、第13週では、星河電器の社内食堂で栄養士として働く結と、彼女の恋人であり、同社の社会人野球部に所属していた翔也(佐野勇斗)に破局の危機が。将来はプロ野球入り、さらにはメジャーリーガーを目指していた翔也は肩を故障して、野球の道を閉ざされてしまった。結を「幸せにできない」と、翔也は別れを切り出し、結も売り言葉に買い言葉で受け入れる。

 12月26日に放送された第64回では、結の姉・歩(仲里依紗)に「ギャル魂」の発破をかけられた翔也。一方結は、歩に背中を押されて糸島に帰り、祖父・永吉(松平健)、祖母・佳代(宮崎美子)と対話しながら自分の原点を探すのだった。


翔也(佐野勇斗)と結(橋本環奈) NHK公式サイトより

 本作の制作スタッフは、物語の中で扱う栄養士、震災、ギャルなどのテーマについて相当に綿密な取材を行っている。長年朝ドラ関連の記事や書籍に携わり、現在「おむすび」のマスコミ各社向けの定例取材会に隔週で参加している筆者も、「朝ドラを作るためには、ここまで愚直に取材しないとならないのか」とあらためて驚いている。

2010年代以降いちばん低い視聴率も…


NHK公式サイトより

 特筆すべきは震災についての描写で、これは被災者のデリケートな「心の問題」に関わるため、かなり丹念に取材をし、その結果が作劇にきちんと現れている。「他者の気持ちにわかったふりをしてはならない」「人の心の内側は他者はおろか、本人さえ気づいていないことがある」というスタンスを終始貫いて、結と、姉・歩、父・聖人(北村有起哉)、震災で亡くなった歩の親友・真紀(大島美優)の父・渡辺(緒形直人)らの「心の復興」の過程を丁寧に描いている。


NHK公式サイトより

 しかしながら、なぜか視聴率が振るわない。第1週では16.1%あった週平均視聴率が、第12週では13.1%に落ち込んでいる(いずれもビデオリサーチ調べ。関東)。配信を含め視聴方法が多岐にわたる現代に、朝8時からの地上波本放送の視聴率を判断材料の全てとするのはナンセンスといえども、2010年代以降ではいちばん低い数字となっている。

ハマらない人が続出する“たったひとつの理由”


NHK公式サイトより

 SNSでも、「何を描きたいのかわからない」「雑」「つまらない」「そもそもギャル要素いらない」等々、厳しい意見が散見される。ところが翻って、ハマって観ている視聴者は、これとは真逆の感想を述べている。「『震災からの心の復興』というテーマに真摯に向き合って、丁寧に描いている」「このドラマを観るまでは正直、ギャルに偏見があったけど、ハギャレンのメンバーが大好きになった」といった主旨の感想が多く見られる。

 これほどくっきりと賛否が分かれる朝ドラも珍しい。その理由は、作り手が「あえて」やっていることが、キャッチできる人にとっては「ハマる要素」で、キャッチできない人にとってはつまらない、ということに尽きるのではないだろうか。

 このドラマは日常の描写を大切に、人物の心の中の出来事を慎重に、繊細に描いている。たとえば「糸島編」の第1週から第4週。震災のトラウマを抱えながら心に蓋をし、夢を持てず、平穏な毎日が続きさえすればいいと願っていた結が、ハギャレンのメンバーたちと出会う。姉の歩に対する複雑な思いも相まって、はじめは「ギャルなんか大っ嫌い」と拒絶していた結だったが、ハギャレンのメンバーたちのことを知っていくにつれて、少しずつ心を開いていく。


NHK公式サイトより

 そして結は、「過去に縛られず、今、この瞬間を思いきり楽しんで生きる」というギャルマインドに助けられ、本来の自分を取り戻してゆく。結と、震災の話をするまでに9年の歳月を要した米田家の人々の心情変化の過程を、腰を据え、時間をかけて描いた。こうして作り手が発した「震災で受けた心の傷は、簡単なことではない」というメッセージ。これがキャッチできない視聴者には「展開が遅い」「退屈」「つまらない」「ここまで尺取る必要ある?」と映ってしまうのだろう。

あの「朝ドラの金字塔」と共通する点

 この朝ドラは、偉人でも聖人君子でもない市井の人たちの行動や発言にこだわって作られている。キャッチーで“映える”「名言」めいたものは登場しない。本作の制作統括をつとめる宇佐川隆史氏はインタビュー(※1)で、脚本家の根本ノンジ氏が紡ぐ台詞について、《初稿から稿を重ねてブラッシュアップしていくうちに、どんどんシンプルに、力強くなっていく》と語っている。

 筆者はこの言葉を聞いて、「カーネーション」(2011年度後期)で主人公の祖母役を演じた正司照枝が同作出演中、常に心がけていたと語った「台詞の発し方」を思い出した。これは、「カーネーション」が朝ドラの金字塔となり得た理由のひとつを端的に言い表している。

「なんでもない台詞を丁寧に。重要な台詞はさりげなく」

 大事なことは大上段に構えず、あえてさりげなく仕込む。「おむすび」もまさにこれを信条とした朝ドラではないだろうか。作品のタイプは異なるが、「カーネーション」も「おむすび」も、「ながら見」していては大事なことを見逃してしまう朝ドラだ。しかし、これまたキャッチできない人には「何を描きたいのかわからない」「前作の『虎に翼』に比べて浅い」と言われてしまう。

 どんな朝ドラ、どんな主人公があってもいいと思うのだが、「朝ドラの多様性」への理解への道程は、まだまだ遠いようだ。しかし「平等と多様性」を訴えていたはずの朝ドラを熱心に観ていた視聴者が、「何者でもない市井の人々の日常」を描いた朝ドラを思いきり偏見で断じるのは、どういうわけだろうか。

「おむすび」の根幹はやっぱり“ギャル”にあると思うワケ


NHK公式サイトより

 加えて、ギャル。「おむすび」にとっての「ギャル」は上っ面のファッションでも、「奇を衒った客寄せコンテンツ」でもない。スピリットであり哲学であり、幸福論ともいえる。真紀の信条を歩が色紙に書いて残し、ハギャレンから結に伝わった「ギャルの掟」3箇条は以下のとおり。

掟その1 仲間が呼んだらすぐ駆けつける
掟その2 他人の目は気にしない。自分が好きなことは貫け
掟その3 ダサいことは死んでもするな

 これは、制作陣が数多くの元ギャルに取材して感じ取ったことを集約させた文言だという。作り手はこの至極シンプルな言葉に、『おむすび』の根幹を見出したのだろう。ギャルマインドは、固く心を閉ざしていた結を「本来の自分」に回帰させ、震災で親友の真紀を喪い引きこもりになっていた歩を再生させた。そして「ギャルの掟」のオリジネイターである真紀が、巡り巡って父である渡辺を暗闇から救い出す。制作統括の宇佐川氏は、「掟その2 自分が好きなことは貫け」が意味することについてこう語っている(※2)。

《「自分の“好き”を知り、自分を知る」というのは結局、「人間というものを知る」「人の気持ちを知る」につながるのだ思います》

「自己愛」でも、自分を「甘やかす」のでもなく、自分を「大切にする」。そうすることで、他者も同じ「心」を持った人間なのだと知り、尊重することにつながる。「おむすび」の作り手は、こうした普遍的で大切なことを「ギャルマインド」を通じて伝えようとしている。それはつまり、寛容への願いともいえよう。

 このドラマにハマる人の多くは、結と、そして『おむすび』という物語と同じステップで、ギャルへの偏見を解かしていった。はじめは「ギャル? その要素必要?」と言っていた視聴者が、結と同じプロセスをたどって彼女たちを「知る」ことで、今では「ハギャレン最高!」という心持ちになっている。そうした温かな光景を、SNSで多く見かける。

「チャレンジ枠」だからこそ選んだ平成という題材


連続テレビ小説 舞いあがれ! Part1 (1)(NHKドラマ・ガイド)

 朝ドラで「モデルなし・オリジナルの現代もの」はハードルが高い。2000年代の朝ドラにおいては「オリジナル現代もの」が20作品中17作品と圧倒的多数だったが、同路線を進めた結果、視聴率低迷が続いた。2010年代以降は、戦前・戦後を含めた「時代もの」、とりわけ実在のモデルありきのほうが「安牌」とされてきている(※本稿では終戦後から物語がスタートし、最終回で現在に到達しない作品を「戦後の『時代もの』と定義する)。

 2010年代の朝ドラでは20作品中「オリジナル現代もの」は5作、2020年代においては10作品中「おかえりモネ」(2021年度前期)、「舞いあがれ!」(2022年度後期)、「おむすび」(2024年度後期)の3作だ。

 このように、昨今の朝ドラで「オリジナル現代もの」は「チャレンジ枠」とされていることがよくわかる。脚本家の根本ノンジ氏をはじめとする本作の制作陣は、随所で異口同音に「『らんまん』『ブギウギ』『虎に翼』と『モデルありの時代もの』が3作続くので、『オリジナルの現代もの』に挑戦してみたかった」という主旨の発言をしている。


NHK公式サイトより

「おむすび」の舞台である「平成」は、終わってからまだ5年。「ふり返るには早かった」という指摘は、たしかに一理あるのかもしれない。平成というと、大多数の視聴者にとって「ついこの間の出来事」という感覚だろう。既視感があるものよりは、珍しいもの、知らないもののほうに惹かれるのが、世の常人の常だ。そんななか、本作の制作陣は平成を総括するという題材を選んだ。

 このドラマの作り手は、平成を「懐かしんで」もらおうとはしていないと感じる。ひとえに、まだ手触りの残る「少し前」の平成に生きて、今も生きている市井の人々の足跡を、確かに残そうとしているのではなかろうか。平成に起こった2つの大きな震災で大切な人を喪い、心に傷を負った人たちの内面や、復興の陰にあった苦悩。「ギャル」と一括りにされて偏見の目に晒されてきた女の子たちにはそれぞれ様々な事情があったし、心意気もあった。人間は多面的であり、言葉に出していることや、表に見えていることだけが真実ではない。こうした「知ってるつもりで知らない」ことを、このドラマは描いている。

「おむすび」年内最後の放送は12月27日(金)。年明けは1月7日(月)から放送を再開する。結は、どんな幸せを見つけていくのだろうか。

NHK

https://www.nhk.or.jp/

※1 https://maidonanews.jp/article/15444114
※2 https://maidonanews.jp/article/15465800

文=佐野華英

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