数々の名作ドラマを生み出した演出家・安達もじりが映画監督に初挑戦 「阪神・淡路大震災から30年」をどう伝えるか
CREA WEB / 2025年1月17日 11時0分
神戸の人々への圧倒的な取材をもとに制作された映画『港に灯がともる』
1995年1月17日に阪神・淡路大震災が起こってから、今年で30年。その節目の日となる2025年1月17日、映画『港に灯がともる』が公開される。本作は、震災の翌月に神戸に生まれた在日コリアン3世の主人公・灯(あかり/富田望生)が、家族とは何か、国籍とは何か、そして「あの震災とは何だったのか」に少しずつ向き合おうとしながら、時間をかけて「わたし」を取り戻していく物語。
メガホンを取るのは、朝ドラ「カーネーション」(2011年/NHK総合 演出)、「カムカムエヴリバディ」(2021年/NHK総合 チーフ演出)や、土曜ドラマ「心の傷を癒すということ」(2020年/NHK総合 チーフ演出)など、数々のNHK名作ドラマの演出をつとめた安達もじり。さらに本作は、「港町・神戸から世界へ」をスローガンに立ち上げられた製作会社「ミナトスタジオ」の船出作品でもある。神戸で暮らす人々への圧倒的な取材量をもとに、オール神戸ロケを敢行し、「アフター震災世代」をリアルに描くこの作品にこめた思いを、安達監督に聞く(前後篇の前篇/後篇を読む)。
『港に灯がともる』あらすじ
1995年の震災で多くの家屋が焼失し、一面焼け野原となった神戸・長田。かつてそこに暮らしていた在日コリアン家族のもとに生まれた灯(富田望生)は、父(甲本雅裕)や母(麻生祐未)からこぼれる家族の歴史や震災当時の話が遠いものに感じられ、どこか孤独と苛立ちを募らせている。ある日、親戚の集まりで起きた口論によって、気持ちが昂り「全部しんどい」と吐き出す灯。そして、姉・美悠(伊藤万理華)が持ち出した日本への帰化をめぐり、家族はさらに傾いていく。
――『港に灯がともる』の製作のはじまりは、どんなものだったのでしょうか。
安達 「心の傷を癒すということ」がそもそものきかっけなんです。この作品は、阪神・淡路大震災のあと被災者たちの心のケアに奔走した精神科医の安克昌さんの著書を原案にしたドラマで、制作にあたって、克昌さんに近しい方々に取材させていただきました。その中に、克昌さんの弟・成洋さんがいらっしゃったんです(註 安成洋氏は本作のプロデューサーであり、製作会社「ミナトスタジオ」の代表でもある)。
成洋さんがドラマ放送後、作品を全国のいろんなところで上映したいと言って劇場版化してくださいました。その劇場版を携えて、成洋さんが全国の公民館や学校などを周り、観てもらって、講演して、対話をするという活動を現在までずっと続けてくださっています。
上映会を通じて、震災について対話が生まれたり、語り継いでいくことって、すごく意義があることなんじゃないか、という全国の声を成洋さんが受け取ってきてくださいました。だから、このプロジェクトの底流には発起人の成洋さんの思いがあります。そこから私に声をかけていただいて、映画作りが始まりました。
この映画の3つの柱
――映画の発起人である成洋さんからのオーダーはどんなものだったのでしょうか。
最初に成洋さんからいただいたお題は3つ。
・震災後30年のタイミングで公開する映画
・神戸を舞台にした物語
・心のケアをテーマにしたもの
というものでした。映画をゼロから作るのは私にとって初めての経験だったので、「こんなこと思ったんやけど、どうやったらできると思いますか?」っていう相談レベルから製作が始まって。今回は何かモデルのある話ではなかったので、神戸に暮らすいろんな方々に、とにかく話を聞いていきました。
――たくさんの「神戸に暮らす人々」に取材を重ねながら、どんなことを感じましたか?
安達 まず「震災後30年」が、どういうタイミングなのかをちゃんと考えようと思いました。神戸の皆さんのお話を聞いていくと、震災を経験した方々は会話中に「あれ震災前やったかな? 震災後かな?」というワードが普通に出てくるんですね。30年経った今でも。
一方、震災以降に生まれた若い世代と話していると、震災ってどこか「教科書の中の出来事」のような感覚を持っている方もいて。もちろん、全ての方がそうだというわけではないのですが。
こうした「温度差」や「隔たり」から見えてきた、いろんな感情をリアルに描けないかな、と思いました。「震災のことを語り継ぎたい」「語り継ぐべきだ」という考えの人たちと、それを受け取る側の人たち。当然なんですが、世代によって、状況によって、人によって、考え方も感じ方も違う。それを据えるなら、1995年のことを描くのではなく、いっそ「今の神戸と、この30年」を見つめる物語にしたらどうだろうと。
アウトラインが決まったら、「震災の年に生まれた人が主人公だったら、どういうことが起こるのか」という仮説をもとに取材を進めていきました。
中でも被害の大きかった長田区の方々に話を聞くと、街の特徴として、いろんなルーツを持った方々が共に暮らしている「多文化共生」みたいなものが見えてきた。これは現代的なテーマだなと。長田には世界の様々な国から来た方が暮らしていますが、主人公家族の設定はやはり、いちばん数が多く、長い歴史のある在日コリアンの方々のお話を題材に作るのがいいのではないかと考えました。
あの日、京都にいた自分だからできること
――被害が大きかった長田区にあって、奇跡的にそのままの形で残っている「丸五市場」が、物語の中で重要な場所として登場します。
安達 震災が起こった1995年1月17日は火曜日で、丸五市場は定休日でした。だから長田の街が一気に延焼する中、あの市場だけは火事を免れたのではないかという話を聞きました。
今回の映画では「丸五市場」という実際の名前をのまま使うと決めていたので、嘘がつけない。市場に関わるいろんな方に話を聞いて、震災後どういう状態だったのか、これまでどんな思いで来られたか、そこをちゃんとリアルに描きたいと思いました。
何度も「建て替えの話が出ては頓挫して」をくり返しながら、「現状をなんとかしたい」と思っている方々がたくさんいらっしゃる。その歴史と、皆さんの思いの片鱗を表現できたら、という気持ちで作りました。
――30年前の1995年1月17日、あの日、そしてその後、どんなことを感じましたか?
安達 当時私は高校3年生でした。京都の生まれ育ちなので、神戸というと距離としては近いのに、完全に対岸にいた感覚です。地震のあとすぐに大量にカイロを買って神戸まで運んだりして、いろんな光景を目の当たりにしましたし、それは鮮明に覚えているのですが、「距離が近いからこその後ろめたさ」がありました。それは今でもあります。だから、自分には震災を語ることはできないと、ずっと思っていました。
そうした理由から、震災をテーマにしたドラマ作りに参加することも実は避けてきました。そんな中、5年前に「心の傷を癒すということ」にチーフ演出として携わる機会をいただいて。「心の傷〜」は「安克昌さんという人をとことん描きたい」と思いながら、神戸の皆さんに話を伺いました。
取材を通じて、あくまでも私自身が語ることはできないけれど、震災を経験した方々の思いを「きちんと受け止めて、届けていかなければ」という思いが徐々に強まっていきました。このときにできた神戸の方々とのご縁が、今回の『港に灯がともる』につながっています。
安達もじり(あだち・もじり)
NHK大阪放送局ディレクター。主な演出作品は連続テレビ小説「カーネーション」「花子とアン」「べっぴんさん」「まんぷく」「カムカムエヴリバディ」、大河ドラマ「花燃ゆ」、土曜ドラマ「夫婦善哉」「心の傷を癒すということ」(第46回放送文化基金賞最優秀賞受賞)「探偵ロマンス」、ドラマスペシャル「大阪ラブ&ソウル この国で生きること」(第10回放送人グランプリ受賞)など。映画『港に灯がともる』はNHKエンタープライズ在籍時に製作。
文・写真=佐野華英
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