「ギリギリダンスは踊らされている」「エールを送る側のSOS」…「はいよろこんで」のMVに隠された精巧なギミック
CREA WEB / 2025年1月25日 17時0分
リズミカルなメロディとサビ部分「ギリギリダンス」のキャッチーな振り付け、メッセージ性の強い歌詞が多くの人の心をつかみ、SNS総再生回数150億回超えの大ヒットを記録した、こっちのけんとさんの楽曲「はいよろこんで」。
同じく大いに話題となった、『サザエさん』を連想させる昭和テイストのMVの作り手・かねひさ和哉さん(23歳)に、「はいよろこんで」のMV制作の背景と随所にちりばめられたギミック、作品に込めた思いについて語ってもらった。
かねひさ和哉さんの元にこっちのけんとさん本人からメールが
――「はいよころんで」のMVもかねひささんの作品です。オファーの経緯を教えてください。
2024年の4月に、こっちのけんとさん御本人からメールをいただきました。もともと僕の作品のファンでいてくれたようで、特に昭和の大人漫画のスタイルを使って描いた作品に興味を持ってくださっていたようです。
オファーの時点でデモ音源をもらったのですが、現代の人々がいろいろ精神的な問題、つらさみたいなものを抱えながら、それと向き合って生きていくというテーマ性を感じました。僕自身もいじめや誹謗中傷であったり、双極性障害のような病を抱えている人間ではあったので、当事者意識も手伝って、これはもしかしたら誰かを救う作品になるかもしれないと思って受けたという経緯があります。
――こっちのけんとさんから何か「こうしてほしい」という注文はありましたか?
特別ありませんでしたが、けんとさん自身、テーマとして「サザエさん症候群」のようなことは意識していたようです。そこで昭和的なアニメーションが合うのではという気持ちはあったのではないでしょうか。
僕としても、昭和の大人漫画というのは基本的にサラリーマン漫画で、人間関係のつらさ、哀愁みたいなものを笑い飛ばす内容が多いと思っていて、大人漫画特有の、悲しみを湛えたユーモアはこの曲に合うのではないかと思いました。
――たしかに昭和の大人漫画は、つらさをネタにしてオチをつけ、笑い飛ばすような明るい読後感がありますね。
そう、戯画化されているんです。たとえば当時のサラリーマン漫画だと、部長に怒られて「トホホ……」みたいな感じで。あくまでもギャグ漫画の世界、コメディの世界だからそういう表現になるわけですね。でも「はいよろこんで」に関しては、昭和の大人漫画のタッチの絵が出てきますが、アップしていくとキャラクターが汗をかいてたり、震えていたりするような仕掛けをしています。それは意図的な演出で、表面的には明るく楽しいものに見えていても、注意深く見ていくとそうじゃないよね、ということをちゃんと示したかった。
作品の随所にちりばめられた巧妙なギミック
――冒頭に「この世界に生きるすべてのいきづらい人へ」というメッセージが挿入されています。これはかねひささんのアイデアですか?
僕の独断で入れました。まず、“いきづらい”という言葉を実は僕はあまり肯定していません。意味として広く、本当に死と生の瀬戸際みたいなものもあれば、簡単に「いきづらー」と言ってしまえる薄っぺらさもある。
冒頭の薄っぺらさ、軽さは意図的に出しています。モールス信号の音とともに「結局優しささえあればいいと思う」という言葉の逆再生が流れる、不穏さを感じるイントロだったので、それに合わせてテロップも点滅させ、テロップ自体からもSOSを発しています。
「いきづらい人へ」とエールを送る側の人間も余裕がなく、SOSを発している。その構図を意図的に取りました。「いきづらい」をひらがな表記にしたのは、「生きづらい」と「逝きづらい」のダブルミーニング。作品として「生きることを否定したくない」と思ったんです。
つらいこと、しんどいことがあっても、否応なく時間は進んでいく。死にたいけど、死のうと思っても死ぬ勇気がなく、なんとか生きながらえてる人にも届いてほしかった。
作中では背景に、踏切やビルの屋上、カラスなど、自死のモチーフを実写のスチールで意図的に入れています。どれも不穏なスチールですが、そういうものがあふれる世界の中で、なんとか踏みとどまっている。そんな人たちにあてた、そのままでいい、死なないでいてくれてありがとう、生きてほしいというメッセージを込めています。
――いろいろなギミックが入れられているんですね。
作中のキャラクターたちは、ずっと音楽に振り回されているんです。自主的にキャラが動き出すのはラストだけ。それまで顔も全然笑顔ではないんです。それは社会の象徴でもありますが、この曲自体にキャラクターが振り回されているという演出をしています。
――自主性がなく上から言われた通りに振る舞う、社会の歯車として働かされる“ジャパニーズサラリーマン”さながらですね。
あの場面でギリギリダンスを踊るのは本来、意味不明なんですよ。あれは曲によって踊らされているだけ。踊ることすら強制されている。ラストでやっと、キャラクターが走っていくシーンがあります。針山を飛び越えたり、SNS絶ちをしてスマホを置いて外に出たり。ここでやっとキャラたちは自主性を取り戻します。
いろんな縛りから抜け出して、自分たちの自我を持って社会に立ち向かっていく。今まではSOSすら自分からは出せなかったけど、それでもなんとかやっていくしかない、明日を生きていくしかない。そういうことを肯定したい気持ちがラストに表れています。
最後、4人のハートがモールス信号に合わせて飛び跳ねているんですけど、あれはあえて4つのハートの動きをずらしています。それぞれが自由なタイミングで跳んでいる。それは個性や自我の表れです。
――綿密にメッセージが込められていて驚きました。知って鑑賞すると作品の良さがさらに増すようです。そしてそれを読み取ろうとしなかったら単純に映像として面白く、楽しく見えるところも素晴らしいです。
ありがとうございます。僕がアニメーションにおいて一番大事にしていることは楽しさなんです。今幸せでいる人が、何かを見て引きずられて不幸になる必要はない。つらさをSOSとして出す必要はあるんだけど、 何も知らない人は楽しく見てほしいという気持ちはやっぱりあったので。表層だけ見ても楽しめる作品には意図的にしています。
昭和の表現は肯定できても価値観は全肯定できない
――かねひささんは昭和の文化に傾倒しているようにお見受けしますが、芯に現代的感覚がしっかりあって安心します。
僕にとって昭和という時代は、その時代に生まれた表現を肯定できても価値観はちょっと全肯定できない部分があります。僕が好きなのは時代の価値観ではなくて、その時代が生み出した表象、表現、スタイルで、そういったものに、当時と違った時代にいる自分の感性がフィットしたんだと思います。
その上でその表現、様式をまずは再現してみる。現代においてその表現の裏にどういう歴史的な背景があるのかを知ることも重要です。文脈を切り離して上辺だけ真似するということはできないので。でも自分自身が「昭和」そのものにならないように気をつけています。
――昭和の表現でいえば、たとえば男女のイラストはかなりジェンダーが強調されて表れてしまうと思います。それを表現として再生産してしまうのは現代には沿いません。
そこは一番繊細に気をつけているつもりでいます。僕は過去の表現には興味があるものの、過去の思想には必ずしも賛同できないというジレンマを常に抱えながら生きている人間であるので、アニメーションや漫画においても、表現としては古典的なものを借用はするけれど、そこに置く根底の思想みたいなものはあくまでも自分の現代の価値観にし続けたいというところはありますね。
だからあらゆるハラスメント的な描写は作品の中では絶対に肯定的に描かない。露悪的な描写はしない。ブラックユーモアがいきすぎて誰かを傷つけかねない表現になっているとか、あるいは誰かを傷つけかねないことを避けることを冷笑するとか、そういう表現はいくら風刺といっても絶対にしないようにはしてます。いわゆる、マイノリティを茶化すとか、そういうことはしない。
あとはキャラクターデザインにおいて、性的魅力を強調して、それを見た他のキャラクターが興奮するような、それこそ僕がモデルにしてる昭和の漫画のスタイルによくあるようなものは意図的に出さないようにしてます。
――アニメの評論もされているので、昔の作品を現代の目線で見ることもできていらっしゃるんですね。
そうですね。僕は「ポパイ」「ベティ・ブープ」などの人気キャラクターを生み出したフライシャー兄弟の作品もすごく好きですけど、たとえばベティ・ブープはアメリカのある種のセックスシンボルとして描かれています。
ジャズ・エイジ特有の躍動感ある音楽で動くアニメーションは大好きなんですが、ベティが常に貞操の危機にさらされることを今笑い飛ばせるかというと難しいし、ジャズでいえば黒人差別のような問題も関わってくる。今の時代にそれらをどう見るかということは気をつけているところです。
――かねひささんは今の時代をどう見ていますか?
ポジティブな意味での価値観の変容は大きくあったと思います。虐げられていた人々が、自分たちの権利を獲得するなど、起こるべきだったことが達成されてきた部分はある。
一方で、ここ数年のバックラッシュがすごい。「あの頃は良かったよね」みたいな雑なノスタルジーとかナショナリズムによって、それが簡単に消費の対象になって分解されてしまうことに対してはすごく危機感を抱いていて、そういう混乱の時代ではあるかなと思ってます。
だからこそ、今だけを見る、あるいは過去だけを見る、未来だけを見るみたいなことではなくて、過去の歴史を改めて再確認した上で、過去・現在・未来の3つの時間軸に合わせた考え方をすることが大事なんじゃないかなと思ってます。僕の作品もそのための道しるべであってほしいという気持ちはあります。
――これからどういう作品を作っていきたいですか?
最近は子ども向けの作品にシフトしようと思っています。というのも、絶望を子どもたちに感じてほしくないわけです。「はいよろこんで」や『みんなのうた』で子どもたちにも僕の作品が届くようになり、彼らにまっすぐなメッセージを伝えたいと思うようになりました。たとえば見る人にとっては楽しく、気持ちがいいもの。見る人にとっては悲しみに共鳴できるもの。悲しみを讃えているように見えるけど、そこから先への希望も感じさせる二重構造の表現が誰かに届き、救いになってくれたら嬉しいです。
かねひさ和哉(かねひさ・かずや)
アニメーション作家・アニメーション研究家。2001年生まれ。幼少期より日本のテレビアニメやアメリカの短編カートゥーンを愛好し、2022年よりアニメーション制作活動を開始。現代社会を昭和30-40年代のテイストで表現したアニメーションが話題を呼ぶ。代表作に「はいよろこんで」ミュージックビデオ、NHK『みんなのうた』「ともだちのともだち」アニメーションなど。
文=綿貫大介
画像=かねひさ和哉
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