〈祝ゴールデングローブ賞受賞〉「米国に拠点を移したい」エージェントに止められたが、一念発起して…浅野忠信(51)が語る、“ハリウッド進出秘話”
CREA WEB / 2025年1月17日 17時0分
ドラマ「SHOGUN 将軍」でゴールデングローブ賞助演男優賞(テレビドラマ部門)を、日本人として初めて受賞した浅野忠信さん(51)。
謎だったルーツ、なぜハリウッドに行ったのか、なぜ音楽をやめたのか、結婚観……2022年に『24時間テレビ』スペシャルドラマ『無言館』に主演した浅野さんと、無言館共同館主である内田也哉子さんの対談を『週刊文春WOMAN2024夏号』より転載する。(前後編の前編/後編を読む)
『SHOGUN』撮影中に舞い込んできた脚本
内田 浅野さんも絵を描かれ、アートがお好きでいらっしゃいます。先ほども熱心に作品をご覧になっていました。2年前には『24時間テレビ』(日本テレビ)のスペシャルドラマ『無言館』で窪島誠一郎さんの役を演じていらっしゃいます。
浅野 オファーをいただいたときは驚きました。え? 24時間テレビのドラマの主役がオレ? ジャニーズじゃなくていの?
内田 (笑)
浅野 面白い、絶対にやろうと思いました。当時ハリウッド制作の連続ドラマ『SHOGUN 将軍』の撮影でカナダに滞在していて。
内田 今、大ヒットしていますね。
浅野 もうヘトヘトになってしまって、日本に帰っても仕事はしないと固く決めていました。ところが帰国が近づいたある日、なぜか「まだ仕事できるかも」という思いがよぎった。そのタイミングでこのお話が来た。戦没画学生の絵という、人々が気に留めていなかった作品を集めるために全国を行脚し、美術館まで建ててしまった窪島さんのガッツが刺さりました。
内田 窪島さんは自伝を含めてたくさん本を著していますが、それも読まれたんですか。
浅野 いいえ、僕の場合は脚本がすべてなんです。
内田 うちの夫(本木雅弘)の場合は、その作品にまつわるあれこれをしらみつぶしに調べまくり、混乱してのたうちまわってから、最後は情報を捨てて素に立ち戻る。一度、考え得る回り道をすべて通ってからじゃないとカメラの前に立てないので、もう見てられないです。一方、母は家で台本を開いているのを見たことがない。家の中に正反対の2人がいました。
浅野 どちらもすごいな。
内田 ドラマの放送後、ここを訪れる人が急増したそうですよ。
浅野 みなさん、この細い坂道を上ってきてくださったんですね。
内田 浅野さんも私も戦争をまったく知らない世代ですが、浅野さんのご家族は戦争の影響を色濃く受けていらっしゃいますね。浅野さんがゲストの『ファミリーヒストリー』(NHK)はとてもインパクトが強かったです。
『マイティ・ソー』共演者から助太刀が…運命的な家族との“再会”
戦後、横浜に駐留するアメリカ軍の若い料理兵は15歳年上の日本人女性と恋をして結婚した。浅野さんのお祖父様とお祖母様ですね。やがてお母様の順子さんが生まれますが、アメリカ軍の引き揚げに伴い家族は生き別れに。というのも、お祖母様は渡航手続きまでしたのに日本に残ることを選んで離婚なさったから。
番組の後半は浅野さんと順子さんも出演されて、お祖父様が若い頃に世界大恐慌があって進学もままならなかったこと、帰国後に再婚されたこと、その真面目なお人柄などがお二人の前で次々に明かされていきました。最後にお祖父様が肌身離さず持っていた写真が出てきます。写っているのは髪をカールにした愛らしい少女の順子さん。浅野さんと順子さんも泣いていらしたけど私はもう大号泣。
浅野 あれはやられましたね。祖父が日本に残した母のことを思い続けていた証拠ですからね。
祖母からは「おじいちゃんの祖先はインディアン」と聞かされていて、公式プロフィールにも「祖父の先祖はネイティブ・アメリカン」と書いていたんですよ。
子どもの頃の僕は金髪に近く目も茶色がかっていて、よく英語で話しかけられたんです。自分の容姿は祖父譲りなのかな、祖父のことを知りたいなと思っていました。
30代の半ばに初めてハリウッド映画『マイティ・ソー』への出演が決まり、近所の英語教室に通い始めると、先生が「おじいさんが軍人だったのなら、軍人の識別番号があれば消息がわかるはずだ」と教えてくれました。幸い祖母はその番号を控えていた。先生が親戚のニューヨークの警察官に連絡して調べてくれたんです。すぐに祖父は既に亡くなっていること、インディアナ州に住んでいたことがわかりました。ハワイに住む別の友人もいろいろ調べてくれて、祖父が埋葬されたインディアナ州の墓地を突き止めました。
内田 そこまで捜し当てていたんですか。
浅野 まだまだ続きがあるんです。『マイティ・ソー』で僕が演じたのは、クリス・ヘムズワースが演じた主人公ソーの強い味方となる三銃士の1人です。ある日、別の1人が突然クビになって代わりにジョシュア・ダラスという俳優がやってきた。ジョシュアはインディアナ州の出身で、事情を話すと、その墓地なら彼が通っていた高校の真ん前だという。すぐにお母さんに電話してくれて、お母さんが祖父のお墓の写真を撮って送ってくれたんですよ。
内田 浅野さんって知り合った人が何かしら手がかりを持っていて、次々に手を貸してくれるんですね。
浅野 お陰で、撮影が休みの日に急遽、インディアナに飛んで、祖父のお墓参りができました。祖父が最後に住んでいた家の住所もわかったので訪ねてみたのですが、赤の他人が住んでいた。
続いて出演した『バトルシップ』でついてくれた通訳が、「アンセストリー・ドットコム」という先祖を調べられるサイトがあることを教えてくれたんです。検索するとあっという間に祖父は8人兄弟だということがわかりました。ここまで調べ上げたところで『ファミリーヒストリー』の話が来たので、こんな情報がありますよとお渡しし、それ以上の調査は番組に託しました。
祖父に導かれてハリウッドへ?
内田 ご先祖はネイティブ・アメリカンではなかったんですよね。
浅野 曾祖父はオランダからの移民、曾祖母はノルウェーからの移民でした。
内田 北欧系だったんですね。
浅野 祖父が生まれ育ったのは移民が多い地域で、ネイティブ・アメリカンが住む地域に近かったんです。祖父と祖母はお互いにカタコトの日本語、英語で話していただろうから、おそらく「インディアンをよく見かけたよ」というような話を祖母は聞き間違えたんでしょうね。
僕はネイティブ・アメリカンの本を読み漁り、僕と同じスピリットだと感動していたんですけどね。映画『モンゴル』でチンギス・ハーンをやるときも、セルゲイ・ボドロフ監督に「僕にはネイティブの血が入っているから彼の気持ちはわかります」なんてガンガン熱くアピールしていたのに、実はまったく入っていなかったとは。
内田 (笑)
浅野 『マイティ・ソー』は北欧神話に登場するバイキングの話がベースになっているんですよ。なんだ、こっちだったのか(笑)。
内田 お祖父様が浅野さんをハリウッドに導いてヒントを出してくれていたような。浅野さんは気がつかなかったけど。
浅野 そう思いたくなりますよね。もしかしたら僕が受け継いでいるのはバイキングの血なのかも(笑)。
内田 偶然の出会いが幾重にも重なっていたのは、会うことが叶わなかったお祖父様が孫の道筋を照らしてくれたのだと、私は思いたいです。
浅野 その後、『47RONIN』という赤穂浪士の映画の話をいただいたとき、僕は浅野なんだ、浅野家の血を継いでいるんだとさんざん説明したのに、吉良上野介の役だった。あれ? 先祖の助けがなくなったか?(笑)
内田 あとは自分で頑張れって(笑)。
浅野 僕も也哉子さんに聞きたかったんですよ。也哉子さんはあの自由奔放な裕也さんのお父様やお母様のことはご存じなんですか。
内田 父方の祖父は私が生まれる前に亡くなっています。祖母は兵庫県西宮の人で、体調を悪くしたので母が東京に呼び寄せて一緒に暮らした時期があったんです。そこに裕也はいないんですけど母と祖母はとても仲が良かった。祖母からは、裕也が子どもの頃にあまりに奔放だったのを心配して、当時でいう脳病院に連れて行ったことがあると聞きました。
浅野 希林さんのお父様、お母様とは?
内田 私が小学生のときに2人とも他界しました。祖父は警視庁の刑事だったんですよ。浅野さんはよく刑事の役をやりますよね。
浅野 ちょうどいま撮っている映画でも刑事をやっています。
内田 ドラマのような話ですが、祖父が祖母のカフェで張り込みをしているうちに、2人は恋に落ちたんです。本当は琵琶奏者になりたかったという祖父に、祖母は「私が稼ぐからあんたは好きなことをしなさい」と言ったので、祖父は刑事を辞めてしまいました。
というわけで、父はギターを弾けないロッカーでしたが、祖父は稼がない琵琶奏者。「也哉子、なんで琵琶は流行らないんだろうね。どうすれば琵琶はマイケル・ジャクソンに勝てるのかね」とこぼしていたのを覚えています。
浅野 お祖父様もお祖母様もサイコーのキャラですね(笑)。
「米国に拠点を移したい」エージェントに止められたワケ
内田 その祖父の祖先が三浦半島の出身で三浦姓なんです。最後の将軍徳川慶喜の教育係をしていた人がいるということはわかっているのですが、謎がありまして、母は子どもの頃に家系図を見たことがあるんですね。そこに「按針」の名があったので「この変な名前の人は誰?」と祖母に尋ねると、「内緒です」と言って押し入れにしまい込んでしまったというんですよ。
浅野 それは三浦に領地があった三浦按針、ウィアリム・アダムスですよ。
内田 『SHOGUN』の主人公のひとりですよね。ではもしや私にはイングランドの水先案内人の血が入っている?
浅野 也哉子さん、DNA検査に行きましょう。
内田 私も先祖捜しの旅をしなければなりませんね。12~13年前から浅野さんが次々にハリウッド映画にご出演になるのをすごいなあと思って見ていたのですが、今日お話を伺って驚きました。あの頃並行してお祖父様を探す旅をしていらっしゃったとは。
浅野 アメリカにいたからこそ情報にアクセスできたということもありますが、そもそも俳優の活動の場としてハリウッドを視野に入れたのは、自分にはアメリカ人の血が入っていることを意識していたからだと思うんです。いずれは行かなければならないとどこかで思っていた。
内田 この対談をお願いするとき、日本にいらっしゃらないかもしれないと思ったんですよ。
浅野 日本と行き来し続けているのは、『マイティ・ソー』への出演が叶ったとき、ロサンゼルスに引っ越すべきかエージェントに相談したところ「やめろ」と言われたんです。渡辺謙さんのようにアカデミー賞ノミネートという冠がないのだから、「彼は日本のスターだ」と売り出せるようになるまで日本で活躍し続けろと。だから、めちゃくちゃ日本で頑張ったんですよ。「なんだ、商業映画にも出るのか」と叩かれもしましたが。
浅野忠信(あさの・ただのぶ)
1973年神奈川県生まれ。ドラマ『3年B組金八先生』(88)を経て、『バタアシ金魚』(90)でスクリーンデビュー。『モンゴル』(2007)が米アカデミー賞外国語映画賞ノミネート。『私の男』(14)でモスクワ国際映画祭最優秀男優賞受賞。カンヌ国際映画祭ある視点部門で『岸辺の旅』(15)が監督賞、『淵に立つ』(16)が審査員賞を受賞。ディズニープラス「スター」で配信中のドラマ『SHOGUN 将軍』が世界的なヒットになっている。
内田也哉子(うちだ・ややこ)
1976年東京都生まれ。エッセイ、翻訳、作詞、ナレーションのほか音楽ユニットsighboatでも活動。著書に『新装版ペーパームービー』『BROOCH』『9月1日 母からのバトン』『なんで家族を続けるの?』(中野信子との共著)など。Eテレ『no art, no life』では語りを担当。本誌連載をまとめた『BLANK PAGE 空っぽを満たす旅』(文藝春秋)が現在9万部のベストセラーに。
文=こみねあつこ
写真=平松市聖
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