創業250年の酒蔵でユニークな親子が醸す【純国産マッコリ】 スルスル飲めるきれいな味わいにビックリするはず!
CREA WEB / 2025年1月25日 11時0分
昨年12月、日本の「伝統的酒造り」がユネスコの無形文化遺産に登録されたことは記憶に新しいところ。CREAが注目したのは、独自のユニークな視点で醸造の可能性を追求している福島県白河市の有賀醸造です。
30年以上前から製造している知る人ぞ知る純国産の「虎マッコリ」や、東日本大震災をきっかけに実家に戻った薬剤師の長男と免疫学の研究者だった次男の理系ブラザーズが理系の頭脳で醸し、復活&アップデートさせた日本酒が快進撃を続けている酒蔵なのです。
「虎マッコリ」で話題の酒蔵で異色の経験を酒造りに活かし、理系の頭脳と自由な発想で醸す酒とは?
酒蔵の創業は江戸時代末期の1774年。昨年、創業250周年を迎えた有賀醸造は越後高田藩(新潟県上越市)の飛び領地となっていたこの場所(福島県白河市東釜子)に設けられた陣屋で、大名から酒造りの命を受け酒造りを始めます。
国内では珍しい純国産のマッコリが人気で、それを主軸にしていた蔵の酒造りを大きく変化させたのは2011年の東日本大震災でした。薬剤師の長男・一裕さん、そして、研究者だった次男・裕二郎さんも「地元のために何かしたい」という強い思いとともに戻ってきます。
「何から始めたらいいのかまったくわからない状態でした」(裕二郎さん)
途方に暮れながらも、自分たちができる方法を模索しながら、酒造りを理解していく日々が始まります。
「まず蔵の状況を把握していくと、うちでは、大吟醸や純米吟醸という特定名称酒ではない、いわゆる普通酒と呼ばれるリーズナブルな日本酒をメインに造っていたんです。好評の虎マッコリだけでなく地元の人たちに楽しんで飲んでもらえるような日本酒をちゃんと造りたいという思いがまず湧いてきました」(裕二郎さん)
二人がリニューアルを試みた銘柄は、純米大吟醸酒の「生粋左馬」と酒蔵のルーツともいえる名を冠した「陣屋」。現在「生粋左馬」は純米吟醸、純米なども製造されています。
「新しい時代を駆け抜けていく一本として、左馬という銘柄はかっこいいなと思ったんです」(裕二郎さん)
現在、この2銘柄が有賀醸造の看板主力銘柄です。裕二郎さんが蔵に戻った翌年から取り組んだ「陣屋」特別純米は、2016年に開催された「SAKE COMPETITION 2016」(※1)純米の部で金賞を受賞。金賞は上位10銘柄に与えられます。酒造りを始めて4年目での快挙。
「驚きました。奇跡ですよね。でも、それによって自分たちの進む方向性は間違っていなかったということが証明できましたし、大きな自信にも繋がりました」(裕二郎さん)
度重なる災害のため煙突が壊れ、建物も半壊状態だった蔵を壊して新しい蔵を建てる決断をした裕二郎さん。今春の完成を目指し工事が進行中です。
途方に暮れていた理系ブラザーズがどのように酒造りを進め、奇跡を起こしたかについてはのちほどご紹介します。
※1 「SAKECOMPETITION」は、消費者が本当においしい日本酒にもっと巡り会えるように新しい基準を示すことを目指して2012年にスタートした市販日本酒の品評会。
日本酒の伝統技術で造られる大人気の純国産「虎マッコリ」誕生秘話とは?
2020年頃から第四次と言われる韓流ブームが続いています。韓国グルメの人気もブームを通り越してすっかり定着している感があります。マッコリ、焼酎(ソジュ)といった韓国の伝統酒もアルコールの選択肢に自然にインリスト。
伝統製法に敬意を表しながら、日本人に好まれる純国産、辛口のマッコリ「虎マッコリ」を造った10代目蔵元・社長の義裕さんに「虎マッコリ」を醸すこととなるきっかけや発売までの経緯などを伺いました。
「30年以上前、東京・上野の韓国料理店で初めて飲んで、シュワシュワッとした喉越しのよさと低アルコールでおいしいマッコリに感激しました。自分でもこんなお酒を造りたいなと、日本酒の持っている旨みを活かしながら低アルコールでおいしく飲めるお酒を造って商品化したいと思いました」(義裕さん)
日本酒の製造技術があればすぐに造れるだろうと思っていた義裕さんですが、そう簡単なことではなかったそうです。
「韓国まで行って実際に造っているところを見学もしましたが、日本酒の造り方とはまったく違うんですよ。日本酒は単にアルコール度数を下げただけでは苦味と渋みが浮き出ておいしくないですし」(義裕さん)
試行錯誤を続けるうちにマッコリ造りにも適した酵母菌がみつかり、国産の米を使用して甘みを極力抑えた辛口の純米生マッコリが完成。1990年から販売が開始されます。韓国料理店にはもっと甘くないと売れないと言われながら、頑なに日本酒らしい旨みを感じられる辛口を追い求めたのが「虎マッコリ」でした。その後に起きた韓流ブームも追い風となり、甘みを抑えた飲みやすい純国産のマッコリは大評判に。
辛口の生マッコリ「虎マッコリ」は、仕込み水に阿武隈山系の伏流水を使い、米と麹の発酵した自然の甘みと爽やかで喉越しのいい微炭酸、ほどよい酸味でキレがよく、辛口なのに低アルコール。焼肉店や韓国料理店で供されることの多い「虎マッコリ」ですが、それ以外のさまざまな料理とも好相性で、酒ラバー&食いしん坊の心を掴んでいます。
非加熱の生酒は温度管理が重要で、きちんと管理できる環境が必須の繊細な酒でもあるため、取引が確定している販売先に向けて造っているので、どこでも飲めるというわけにはいかず、幻のマッコリとも言われることも。
「少し大きめのグラスにたっぷりと注いで、ごくごくと喉越しを楽しんでいただきたい、そんなお酒です。」(義裕さん)
数値に落とし込んだ酒造りのデータがぎっしり詰まったパソコンは、自分たちらしく酒を醸すための重要な手掛かり
実家に戻った裕二郎さんは、福島県で地元杜氏を育成する機関「清酒アカデミー職業能力開発校」に入学。座学や醸造実習、さまざまな酒蔵の見学、1日300点という利酒の実習など3年間のカリキュラムを通して酒造りのノウハウを学びました。
「体験蔵は私たちにとってはラボ。清酒アカデミーで学びながら、小さな仕込みができるこの体験蔵で1年に10数本~30数本とたくさんの仕込みをして酒を造り、これまで当然のこととして行われてきた酒造りのさまざまな工程の数値をデータ化して分析していきました。杜氏の感覚をデータに落とし込めたことはとても重要なことだと思います。
時間が経ち自分たちでも米を握る、食べてみるという実際の感覚を経験してみると、おいしい酒を造るときに大事なのはそっちなんだなということがわかって面白いと思いました。経験と感覚、それを裏付けるデータ、この3つはとても重要」(裕二郎さん)
理数脳でデータを分析、理解しながら酒造りの感覚も身につけていった理系ブラザーズ。「陣屋」が、2022年、2023年と連続で「全国新酒鑑評会」で金賞を受賞しました。キレが良く、後味もスッキリ、純米らしい米の旨みを感じながら吟醸香がほのかに香るここちよさ。定番商品の「陣屋」特別純米は、「陣屋」の中でもっとも食中酒向きの酒と言われます。
「目指すのは単体でももちろんおいしいけれど、料理と相性のいい、料理と楽しむことでさらにおいしくなる、お互いを引き立て合うようなお酒です」(裕二郎さん)
会社設立100周年の後、これからの100年で目指すものは?
「100年続けてこられたのは毎年毎年の積み重ねがあったからこそ。そして、それは周囲の田んぼ、阿武隈川や那須山の伏流水といった豊かな水や森など、この土地の環境があったからこそできたことだと思うので、その環境を守る取り組みは必ずしていきたいと思っています。それを最大限に活かしたお酒=地域の特性を活かした酒造りこそが目指すべきものだと。
今年から酒造好適米(酒米)は、福島県で開発されこの土地で育つ夢の香と福乃香をメインに使用したオール福島のお酒を醸します。
また、お米以外の福島の特産品、例えばフルーツなどを副原料的に使用したどぶろくなんかも造ってみたいですね」(裕二郎さん)
2011年の東日本大震災の後にも、2019年には記録的な大雨で甚大な被害をもたらした台風19号、2021年、2022年にも起こった震度5強の地震、その他風評被害にも苦しみ、さらにコロナ禍と蔵のダメージの大きさは計り知れません。
自分たちにできることから、自分たちらしいやり方で着実に歩みを進めてきた有賀醸造。1年を通して酒造りが可能になる新しい蔵の建設は、100年先も楽しみな大きな一歩になり、新蔵の完成に伴い再開される体験蔵での酒造りは、待ち望んでいた多くの人にとって朗報です。
理系の頭脳と父親譲りの妥協を許さない探究心で有賀醸造の可能性と醸造の世界を広げ、新しい時代を駆け抜ける理系ブラザーズの活躍に乞うご期待。
有賀醸造
所在地 福島県白河市東釜子字本町96番地
電話番号 0248-34-2323
定休日 不定休
営業時間 9:00~17:00
https://arinokawa.net/
文=齊藤素子
写真=志水隆
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