イスラム教徒と都会からやってきたアーティスト。惹かれ合う二人の女性をタイ人男性監督が撮った理由
CREA WEB / 2025年1月28日 11時0分
美しい海とアート、そして環境問題を背景に、若い女性同士の愛を描いた『今日の海が何色でも』。伝統的価値観を大切にするイスラム教徒の家に生まれた女性シャティと、都会からやってきたアーティストの女性フォンが惹かれあい、葛藤し、自分を解放していく姿を、マジック・リアリズムの手法で描く美しい映画だ。
タイは東南アジアで初めて同性婚を認めた国であり、性自認や性的指向による差別を禁止する法律もある。だが映画の舞台となる南部はイスラム教徒が多く、LGBTQに寛容とは言い難い面がある。これが長編劇映画デビュー作となるパティパン・ブンタリク監督に話を聞いた。
ジェンダーやさまざまなものを超えた作品として捉えて欲しかった
――実は映画を観ている間、女性が撮った作品だと思い込んでいました。
はい、みなさんそう言います。
――それについてはどうお考えですか?
私としてはとてもハッピーです。元々、私もこの映画をジェンダーやさまざまなものを超えた作品として捉えて欲しかったんです。既存のラベルを剥がして、二人の人間の間に生まれる感情を見てもらいたいと思っていました。
多くの人が女性の視点で描かれている、と感じたということは、監督としての私自身のジェンダーも超えることが出来たということですから。人々は、ジェンダーだけではなく、宗教をはじめいろんなことに固定観念を持っていますが、この映画ではそれを超えたいという意味で、ジェンダーをはじめさまざまなことを曖昧にしています。
――曖昧というのは、女性二人の恋愛のように見えますが、実は彼女たちの性自認も曖昧というか、ノンバイナリーかもしれないし、まだ自分でわかっていない、というようにも感じられました。
私自身、二人のジェンダーを規定していませんでしたが、シャティとフォンを演じる女優二人にもそこを気にせず、どう感じるか、その感情にフォーカスしてほしいと伝えました。
また、どちらかがより男性的で、どちらかが女性的だとか規定することはしたくないし、二人の間に生まれたのは恋愛かもしれないし、実は友情かもしれないし、そこも規定はせず、観る人に任せたかったんです。
環境問題を重視した市長の暗殺事件がきっかけに
――映画はとても美しかったです。舞台となるタイの南部は、主人公一家のようにイスラム教徒が多いそうですが、映画で描かれているようにとても保守的な地域なのでしょうか?
はい。タイは仏教徒の国だと思われがちですが、タイの南部でもマレーシアに接している最南部エリアはムスリム(イスラム教徒)が主流です。ただ、この映画を撮ったソンクラーという街は最南部の少し手前なので、さまざまな文化がミックスされているんです。
――映画の中で、海岸に防波堤を建設したことによる環境破壊問題と、それにまつわる市長の暗殺事件が言及されますが、詳しく教えていただけますか?
2011年ごろにこのエリアで、海岸侵食と防潮堤に関してのドキュメンタリーを撮っていたんです。そこで当時のピーラ・タンティセラニー市長にインタビューをしました。市長は環境問題を重視し、防波堤の建設に反対していました。建設には様々なお金が動いており、賛成派にとって彼は邪魔者でした。そして市長は殺されてしまったんです。暗殺です。
――監督がこの映画を作るきっかけの一つがその事件だったわけですね。
はい。市長の暗殺は、一番最初の動機づけになりました。その後、様々な個人的なことも加わってくるのですが、この防波堤というのは人生のメタファーだと思っています。元々、防波堤は砂浜が激しい波に侵食されるのを避けるため建てられたのですが、でも実際にはそれによって海が侵され、砂は流出してしまい、また防波堤を建てることになっていく。悪循環です。人間も同じですね。
宗教が違う人や、ジェンダー観が違う人を避けるために壁を築くと、結局問題はどんどん悪化し、また壁を築く。そのように壁を築くことによって、本来の自分ではなくなっていく。
――シャティとフォンを演じた二人の女性からは、どのような反応や意見がありましたか?それらは映画に取り込んだのでしょうか?
二人とは最初からたくさん話をしました。特にシャティを演じたアイラダは彼女自身もムスリムですから、この役を演じることによってイスラム・コミュニティの中で問題になったりしないか、ということは当初気にしていたので、その不安を解消すべく色々と話をしました。三人でディスカッションをするうち、彼女もこの話は世界に伝えるべきだ、自分で演じて発信したい、と言うようになりましたし、実際彼女のアイディアを脚本に取り込みました。
大学進学に際してのおばあちゃんの話が出てきますが、あれは演じた彼女自身の話でもあります。よきムスリムになれるのか、ということに彼女自身も悩んだことがあるそうで、そこが映画の中にも出てきます。
おそらく多くの人が、この映画の監督を女性だと思う理由の一つは、演じた彼女たちの話を取り入れていることに加え、撮影監督も編集者も女性だということにあると思います。作り手の私のジェンダーにとらわれない、ニュートラルな映画にしたかったので、女性スタッフに多く入ってもらいました。女性たちの意見に耳を傾けましたし、主演の二人が常に快適であるように努めました。どのシーンでも二人にどう感じるかを聞きましたし、二人の関係性を築くための演技ワークショップを事前にしていたので、とても気持ちの良い現場になりました。
私の今までの活動をパズルのように組み合わせた映画
――終盤、流星というか、隕石がたくさん落ちてくる場面が出てきますが、あれは世界の終わりの暗示なのでしょうか? それとも、もっと前向きなイメージなんでしょうか?
そこは観る方の判断にお任せします。すごくポジティブに、流れ星に願い事をしているのかな、と捉える人もいれば、やはり世界の終末を感じる人もいるので、どのように捉えていただいても良いなと思っています。
――もう一つ、鏡も重要なメタファーとして登場していますね。
鏡は二つの面を反映させているので、二つの選択肢があるということですね。最初の方に出てくる鏡はあるアーティストの作品で、あの作品から着想を得て、後半にもそれを反映させるシーンを作りました。
――監督自身も現代美術の作家として活動されているんですか?
メインの活動ではないのですが、時々作品を作ったりしていますし、現代美術のコミュニティに関わっています。この映画の準備期間に知り合ったアーティストのエキシビジョンを手伝いましたし、彼らの作品もこの映画に登場しています。またこの映画の共同脚本家は映画の舞台となった場所出身のムスリムですし、私の今までの活動をパズルのように組み合わせた映画になっていると思います。
――アーティストであるフォンの背中に、額縁のようなスクエアのタトゥーがありますが、とても印象的でした。あれは映画のために作ったものですか? それとも彼女自身のものですか?
あれは映画のために作ったタトゥーです。フォンは自由を象徴するようなキャラクターで、彼女がタトゥーを入れるならどんなタトゥーにするだろうと考えました。フォンはある過去に縛られていて、みんなで話し合ううちに、スクエアが良いのではということになったんです。
額縁のようであり、鏡のようであり、枠のようであり、そこからはみ出るような自由さもある。同時にシャティの視点も反映されていて、彼女も枠の中から出ようとしているわけです。スクエアのタトゥーはそれらの象徴と言えますね。
パティパン・ブンタリク
タイ・バンコクのタマサート大学で映画と写真を学び、卒業後、監督および脚本家として数多くの短編映画やドキュメンタリーに取り組む。プッティポン・アルンペン監督の『マンタレイ』(2018)や、ジャッカワーン・ニンタムロン監督の『時の解剖学』(2021・東京フィルメックスグランプリ)では助監督を務めた。タレンツ・トーキョー2018修了生。『今日の海が何色でも』は初長編監督にして、2023年の釜山国際映画祭ニューカレンツ部門にてNETPAC賞(最優秀アジア映画賞)を受賞した。
文=石津文子
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