「親ガチャ」に「弱者男性」…はびこるネットスラングに違和感。漫画家・新田 章が『若草同盟』で描きたかったこと
CREA WEB / 2025年2月5日 11時0分
『あそびあい』では良いと思ったら誰とでもカラダの関係を持つ奔放な女性を、ドラマ化された『恋のツキ』では同棲中の恋人と年下の異性との間で揺れるアラサー女性を描き、話題を集めた新田 章さん。
最新作『若草同盟』で描かれているのは、東京で暮らす30代のカップル、カイロとムーさんの“山あり谷あり”の同棲生活。それぞれ生きづらさを抱えながらも、自分らしく、前に進もうともがく姿に心を揺さぶられます。インタビュー前篇では、『若草同盟』が誕生した経緯、伝えたかったメッセージについて聞きました。
『若草同盟』あらすじ
スーパーの店員・冴木カイロと、会社員・羊野アユム。それぞれやるせない気持ちを抱えて生きる2人が東京で出会い、同棲生活をスタート。最強の幸せを手に入れて、愛する人とこのまま平穏な暮らしが続くと思っていたが……。生きづらさを抱えるすべての人へ贈りたい、未熟な2人の“愛”の物語。
「新田さんのタフさが面白い」編集者のひと言がきっかけで生まれた
――さっそくですが、『若草同盟』というタイトルには、どんな由来があるのでしょう?
“若草”はそのまま新芽の意味で、“同盟”は安部公房の小説『飢餓同盟』から付けました。虐げられている下層階級の人々が「飢餓同盟」を結成して革命を起こすという物語なのですが、内容がどうというよりも音の響きが好きだったことがいちばんの理由です。
――個人的には、カイロとムーさんの関係性にも由来しているのではと思っていました。
そうですね。2人はカップルではあるんですが、それぞれにやるせない気持ちを抱えて生きている。でも、人生は何歳になっても新しいものです。生きづらさを感じていたとしても、毎日を切り拓いて生きていく2人の物語を描きたいと思いました。
――作中では生活保護受給者である祖父母の下で育ったカイロと、いわゆる“一般家庭”で育ちながらも、世の中になじめないまま生きてきたムーさんの同棲生活が描かれています。物語が生まれた背景や、着想を得たエピソードがあれば教えてください。
カイロは私の一部で、ムーさんは私の近しい人間をモデルにしました。前作の『恋のツキ』以降、何を描こうかずっと迷っていました。これまでに描いたことがない友情をテーマにしようかとも考えたんですが、そもそも私自身が友人と深く付き合ってきた経験が少なくて。
そんなときに、気の合う編集者の方から「新田さんの“タフさ”は面白い。今の時代、タフで時代に流されない主人公を見たい読者は多いんじゃないか」と言われて、自分の“貧乏育ち”のことを、周囲の状況も混ぜながら描いてみようと思い立ちました。
ちょうどその頃、ネットやSNS上で「親ガチャ」や「弱者男性」という言葉を頻繁に見かけるようになって、ずっと違和感を覚えていたんですね。自分の中で「自分は親ガチャハズレた」と思うだけならまだしも、世の中に向けて自虐的に発信する人が増えることで、差別や偏見を助長するようで、すごくイヤでした。
いわゆる「親ガチャにハズレた」けど、臨機応変にたくましく生きているカイロと、繊細で真面目ゆえに社会で損な役回りをさせられ、ときには「弱者男性」とカテゴライズされるムーさん。カイロにももちろん感傷的な部分はありますが、あまり「そこ」にとどまらず前に進みます。一方で、ムーさんのような人が傷つけられるのがとても悲しいと感じました。
特に男性は、ありのまま生きるのが難しかったり、繊細であることを受け止められにくい。世の中には、こんなにピュアで、繊細な男の人も「いる」んだよということを描きたかったんです。
――確かに「親ガチャ」という言葉を見るたびに、そのガチャガチャの「アタリ」って何? とモヤモヤします。
そうですよね。でも、その悲惨さを訴えたかったわけではなくて。私は『この世界の片隅に』が大好きで、あの作品のように、「他人からは辛そうに見える状況下でも笑ったり、ささやかな幸せを見つけたりしながら暮らしている人がいるんだよ」と伝えたかったんです。ただ、私が描くとどうしても「惨めさ」が前面に出てしまいそうだったので、貧困から脱し、東京で自立したカイロをあえてメインにしました。
実体験や見聞きしたことをもとに描いています
――物語の冒頭では、生活保護課の職員が机の上に乱暴に足を投げ出すシーンにドキッとします。作中に登場するエピソードには実体験なども含まれているのでしょうか?
私はどの作品においても、マンガを描くために取材をするということがなくて、自分や身近な人が経験したり、見聞きしたりしたことをもとに描いています。
このシーンは私自身が体験したことではないのですが、ある福祉課の職員が机に足を乗せたことも、「人間じゃねぇ」と言い放ったことも、本当にあったことです。他にも、たくさんのリアルなエピソードがちりばめられています。雪国から上京してスーパーで働いていた、というのも私自身の経験ですね。
――スーパーのポップをきっかけに漫画家を目指したというのも、リアルエピソードですか?
はい。絵を描くことは子どもの頃から好きでした。かといって初めから漫画家になりたかったわけではなかったんです。
――子ども時代の新田さんは、どんな風に過ごしていたんでしょう?
父が絵を描いていたので、貧しいながらも実家には本がたくさんあって、本をよく読んでいましたね。小学6年生のときに、先に家を出ていた兄がビデオデッキと一緒に、『バートン・フィンク』や『ガープの世界』のビデオテープを持ってきてくれたことがありました。それを観て「自分はこういう作品が好きだ」と感じたことを今でもハッキリ覚えています。
言葉にすることができない人間の「おかしさ」や「虚しさ」、「寂しさ」を描きたい、と思ったんですね。どうしてそんな感情を選んだのかは自分でもわかりませんが、「惨めな人」に共感しやすい状況だったのかもしれません。そんなこともあって物語を作ることに興味を持つようになり、初めは小説家か映画監督になるつもりだったのですが、結果として漫画家になりました(笑)。
――個人的な感想ですが、カイロとムーさんが出会えて本当に良かったと思いました。
ありがとうございます。読者の方からも「2人には幸せになってほしい」という感想をいただくのですが、1話目から2人は一緒に住んでいるし、別れる兆しもなく、むしろ“不幸になりそうな香り”がなくてもの足りないんじゃないかと思っていたので、嬉しいです(笑)。
――もうひとつ、朝、「行ってきます」と言って家を出たムーさんの足元が真っ黒な影に引きずり込まれそうになっているのを見て、もしかしたら私のパートナーも何か心に抱えているのかもしれない、とハッとさせられました。育ってきた環境などに違いはあっても、共感する人は多いのではと思います。
そうですね。とくに、加害性をテーマにした8話目を描いていたときは、映画『ジョーカー』が好きな方なら、この感覚をわかってくれるかもしれない、と思っていました。主人公の境遇に同情するとかではなく、誰にでも起こり得ることというか……私自身もあの作品は凄く刺さる部分があって。
――確かに、同じ行動に出るかどうかは別として、彼が“ジョーカー”になるまでの感情の流れには共感できるものがあるかもしれません。とても対照的なカイロとムーさんですが、新田さんが2人に共感する部分はありますか?
カイロの、自分が思ったことを悪気なくパッと言ってしまうところは、私自身がよくやってしまうことです。ムーさんには共感するというよりも、学ぶことが多いですね。繊細な人の中には、何かあっても「もういいよ」と心を閉ざしてしまう方も多いと思うのですが、ムーさんのモデルは「自分はこういうことをされると傷つく」と言葉にしてくれるので、「寄り添う」ことの大切さ、難しさに気づかせてもらっています。
――まだまだ始まったばかりですが、この先2人がどうなっていくのか気になります。
自分でも正直、この先がどうなるのかわかっていないんです。今までの連載も、3、4話目くらいまでは展開を考えているのですが、それ以降になるとキャラクターが走り出す現象が起きていて。毎話毎話、「今回はこれだ!」と思ったものを描いているような感覚です。
新田 章(にった・あきら)
青森県出身。2008年「マンガ・エロティクス・エフ」(太田出版)にて読み切り短編『くすりをたくさん』でデビュー。著書に、『このマンガがすごい!2015』(宝島社)「オトコ編」にランクインした『あそびあい』(全3巻・講談社)、TVドラマ化もされた累計100万部突破作品『恋のツキ』(全7巻・講談社)、『パラダイス 新田章作品集』(全1巻・KADOKAWA)などがある。現在「SHURO」で『若草同盟』を連載中。
文=河西みのり
写真=深野未季
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