パレスチナ人とイスラエル人の青年たちが撮る「戦争」。彼らの会話に現れる残酷な“差”を私はこう観た
CREA WEB / 2025年1月31日 17時0分
日々激変する世界のなかで、わたしたちは今、どう生きていくのか。どんな生き方がありうるのか。映画ライターの月永理絵さんが、映画のなかで生きる人々を通じて、さまざまに変化していくわたしたちの「生き方」を見つめていきます。
今回は、2月21日から全国公開される映画『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』に注目。
あらすじ
ヨルダン川西岸のパレスチナ人居住地区「マサーフェル・ヤッタ」では、イスラエルによるパレスチナ人の強制追放が日々過激化している。この村で先祖代々暮らしてきた青年バーセル・アドラーは、この事実を伝えようと、カメラを手に記録を始める。その活動を支援するのは、イスラエル人の青年ユヴァル・アブラハーム。イスラエルによる迫害と占領の実態を、2023年10月まで、4人の監督たちが4間にわたり撮影しつづけたドキュメンタリー。
2024年2月 に開催されたベルリン国際映画祭で、一本の映画が話題を呼んだ。パレスチナ人2人とイスラエル人2人とが共同監督したドキュメンタリー『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』。本作は最優秀ドキュメンタリー賞と観客賞をW受賞。壇上でパレスチナへの連帯を呼びかけた監督たちのうちの2人による受賞スピーチは拍手喝采を浴び、世界各国に報道された。その反動として、後日監督たちがイスラエル擁護派から攻撃を受けることになった事実も含め、この一本の映画がもたらした反響はとても大きい。
パレスチナの現状の話すとき、人はとかく「複雑」だと言いがちだ。イスラエルとパレスチナの間には「複雑」な歴史がある、とか、宗教の問題は「複雑」で、どちらが正義かは簡単には語れない、とか。でも『ノー・アザー・ランド』には、複雑な背景などいっさいない。ここに映るのは、とても単純な事実であり、明らかな不正義の実態だ。
長年暮らしてきた土地を理不尽に奪われようとしているパレスチナ人たちがいて、暴力によって彼らを追い出そうとするイスラエル軍がいる。次々に破壊されていく家や学校と、その跡地に建てられる入植者たちの真新しい家が、グロテスクに対応される。パレスチナの村人たちは、「ここを追い出されたら他に行くところなんてどこにもない」と叫ぶが、イスラエル軍はそんな彼らに銃を向け、ためらうことなく発砲する。さらに武装した入植者たちによる暴力もある。
2023年10月よりずっと前から、パレスチナ人たちがどのような状況に置かれてきたのか、この映画を見れば誰もがすぐに理解できるだろう。泣き叫ぶ子どもたちの前で平然と学校や家が壊されていく。その様子を見れば、なぜこんなことが許されるのか、どうすれば人はこれほど残酷になれるのかと、言葉を失うはずだ。
4人の監督のうち、中心をなすのが、イスラエル軍による強制追放に抵抗するバーセル・アドラー。家族そろって生まれ故郷の村を追い出されようとしている彼は、自分たちの生きる権利を守ろうと、スマートフォンやカメラで軍の行動を撮影し始める。それを手助けするのが、イスラエル人のユヴァル・アブラハーム。ふたりとも、ジャーナリストであり映画作家でもある。
敵対する国の青年たちは何を話す?
映画には、村の破壊と、村人たちが迫害され追放される様がまざまざと映される。そしてその合間に、バーセルとユヴァルという同い年の青年たちが、車内や家で話をする様がたびたび映る。緊迫感を持った記録映像に息をのみながら、何度も挿入される会話場面を見るうち、そこから浮かび上がる2人の関係性にハッとさせられた。
そこで交わされる会話は、当然、村の今後のことであり、この事態をどう世界に発信していくかという、ジャーナリストとしての仕事について。それがやがて、自分たちの将来やこれまでの人生をめぐる話へと発展していく。けれど、会話が親密さを増すほど、2人の間にある明確な違いがいやでも見えてくる。激しい抵抗運動が一段落すると、ユヴァルは自家用車に乗って安全な家に帰ることができる。しかしバーセルが彼の家を訪ねることはできない。パレスチナ人には、生活をする上で厳しい制限が課せられ、自由に移動することすら許されていないからだ。
同じように抵抗運動を行なっていても、バーセルには、家族を含めて、つねに警察に捕らえられる危険がある。大学を出てもまともな職につくこともできない。興奮気味に未来への希望を話すユヴァルの前で、自分には将来の展望などないと暗い声で語るバーセルの表情が胸を締め付ける。
私にとって、とりわけユヴァル・アブラハーム氏の存在は、複雑な共感を呼び起こした。共に闘う仲間より、自分が明らかに有利な立場にあると自覚させられること。同胞たちが不正義を行う様を目の当たりにすることに、彼はどんな思いを抱えているのだろう。それは、報道に心を痛めていながら、日本で平然と日常生活を送る自分自身にも、決して遠い話ではないように思えた。
ガザでの武力衝突が起こる直前で作品は終わる
互いに相手の立場をどう思っているのか、彼らが、自分たちの本心をカメラの前で赤裸々に明かすことはない。それでも、撮影のたびに車の中で話し込み、ときにはバーセルの実家で家族とともに談笑をしたり、カフェで水タバコを吸いながら会話する様子が映されるうち、彼らの心の揺れがかすかに見えてくる。そうして、彼らが映画をこのような構成にした理由が少しだけ理解できた気がした。
イスラエル軍の非道な行為を告発しながら、監督たちは、人々が抱えるさまざまな感情の揺れをも描く。私たちは、強い怒りや悲しみを抱え、絶望や無力感におそわれながら、日常のなかでたえず冷静に対話をしつづける青年たちの姿も同時に目にするのだ。互いの間に横たわる大きな壁をたしかに認めながら、それでも同じ目的のために、手を取り合い対話をあきらめずにいること。それが、この映画が見せてくれるもうひとつの現実だ。
映画が映すのは、2023年10月7日以前の記録が中心となる。その後、「マサーフェル・ヤッタ」をはじめ、パレスチナをめぐる状況はさらに悲劇的なものになったはずだ。停戦の合意が成ったからといって、イスラエルによるパレスチナ占領の動きは止まらないだろう。希望の見えない現状において、私たちに何ができるのか。その問いに真摯に向き合いながら、立場の異なる青年たちの協力関係によってこの映画ができあがり、多くの国で公開されることに、ひとすじの光を見出したい。
文=月永理絵
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