「もう一度、小室のプロデュースで歌いたい……」華原朋美の転落人生を彩った男たち

日刊サイゾー / 2013年6月19日 11時0分

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芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!

 昨年12月に5年半ぶりの歌手復帰を果たした華原朋美が、周囲に「小室哲哉さんのプロデュースでまた歌いたい」と、盛んに漏らしているようだ。だが、かつて華原と小室の関係を取材してきた筆者から見ると、2人はプライベートはもちろんのこと、仕事上でも“復縁”しないほうが正解だと思う。それほど、壮絶な破局劇だったからだ。

 華原が、まだ「遠峯ありさ」と名乗っていた売れないアイドル時代、出演したバラエティ番組での歌唱場面を小室が試聴。歌声に惚れこんで、芸名を華原朋美と改名させて、95年に歌手デビュー。大ブレークさせた。

 マネジメントを担当したのは、小室との音楽出版契約を結んだ芸能事務所・バーニングプロダクションから派遣されたEというマネジャーだった。Eは小室と華原を守るために文字通り体を張ったが、あまりに威圧的な態度で、メディアを震え上がらせた。あるスポーツ紙のデスクは、Eの暴力団的威圧を恐れて配置転換を申し出た、という笑えない話もあったほどだ。

 それだけに、メディアは小室と華原とのプライベートについては沈黙した。結果、何をやっても許されると思ったのか、小室に対する華原のわがままはエスカレート。さらに、以前からドラッグ使用のウワサがあった華原の奇行ぶりが目立ち始めた。

 定宿にしていた新宿のホテルのエレベーターの中で、ピョンピョン跳ねている華原が目撃されたこともあった。そんな華原が怖くなったのか、小室は98年頃から、プライベートで距離を置くようになった。翌年1月に、華原は自宅でガス事故を起こす。真相は“ガス自殺未遂”だが、マネジャーのEは強引に真相を隠蔽しようとマスコミを恫喝した。だが、そうした行為がたたって、Eの姿はいつの間にかマスコミから消えた。

 その後、華原が転落の一途をたどるのは説明するまでもないが、小室と別れて、しばらくたってから交際を開始、同棲していたのが、飲食店プロデューサーの安藤陽彦氏。現在は元「モーニング娘。」の加護亜依と結婚して、なぜか加護姓を名乗っている。華原が安藤氏にDVで鼻骨を折られたことで、所属事務所のプロダクション尾木は安藤氏と別れることを勧めるが、それを拒絶したために契約解除。事実上、芸能界を追放された。

 その後も安藤氏と関係は続いたが、精神的に追い込まれて精神安定剤を常用。ますます追い込まれていくが、3年前に安藤氏と決別したことで解放された。安藤氏との関係は5年間続いたが、華原にとって決して思い出したくない過去であることは想像に難くない。その後、親族に支えられての懸命なリハビリの結果、昨年12月に奇跡的に歌手復帰を果たした。

 元気になった華原が、かつての恋人でもあり、世に売り出してくれた小室のプロデュースでもう一度歌いたいという気持ちはわかるが、今の華原は小室だけではなく、マネジャーだったE、それに安藤氏のことを一切忘れて前進することが、ファンへの罪滅ぼしだと思うが。
(文=本多圭)

日刊サイゾー

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