メジャーとインディーが拮抗した奇跡の年を活写 映画スター・金子正次が輝いた『竜二漂泊1983』

日刊サイゾー / 2013年7月29日 11時0分

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 俳優・金子正次を覚えているだろうか? 1983年10月29日に初主演映画『竜二』が劇場公開され、主人公であるヤクザ者の竜二を演じた金子正次はスクリーンの中で生まれたてのスターとして眩しい輝きを放っていた。『竜二』を観た誰もが松田優作に続くニュースター・金子正次がこれから映画界で大活躍する姿を夢想して興奮した。しかし、多くの観客が脳裏に思い描いたその夢は叶うことはなかった。『竜二』公開直後の11月7日に金子正次は胃ガンのために33歳の若さでこの世を去る。流れ星のように瞬間的な輝きを残して時代を駆け抜けていったスターだった。『竜二漂泊1983 この窓からぁ、なんにも見えねえなあ』(三一書房)は映画評論家・谷岡雅樹氏が公開から30年を迎えた映画『竜二』の色褪せぬ魅力と金子正次がほんの短い期間だがスターとして輝いた“1983年”という時代の特殊性について、400ページ以上にわたって言及した渾身の映画評論となっている。

 『竜二』は小市民としてのささやかな幸せにすがりながら生きていくことのできない哀しい男の物語だ。竜二(金子正次)は新宿一帯で顔を利かせているヤクザ者で、舎弟の直(桜金造)とひろし(北公次)に闇ルーレット場を任せ、すこぶる羽振りがいい。だが、冷酷なヤクザにはなりきれない心根の優しさがどこかに漂う。妻のまり子(永島暎子)と幼い娘・あや(金子桃)のために足を洗うことを竜二は決意。カタギの人間として毎月給料をもらう地道な生活を送り始める。竜二が狭いアパートで幸せな日々を噛み締める一方、ヤクザ時代の仲間・柴田(菊地健二)がシャブ中毒で命を落とし、直もシャブに手を出して身を崩していく。だが、竜二は自分の家庭を守ることが精一杯でどうすることもできない。『竜二』のラストシーンは日本映画史に残る名場面だ。仕事を終えた竜二がアパートへ帰ろうとすると、商店街のバーゲンセールの行列に並んでいるまり子とあやの姿が目に入る。慎ましい生活を守るためにバーゲンに並ぶ妻と娘を見てしまった竜二は、無言のまま自分が帰るべきアパートとは逆方向へと足を向けてしまう──。

 『竜二』の公開当時、このラストシーンは「小市民になれなかった竜二はヤクザ社会へ戻っていく」と受け止められていた。だが、『竜二漂泊1983』の著者・谷岡氏は「そうではない」と断言する。竜二は一般市民にもヤクザにも、どちらにもなれなかった男なのだと。何者にもなれなかった男の物語ゆえに、今なお谷岡氏は猛烈に心を揺さぶられ続けている。谷岡氏は大学浪人中に『竜二』に出会った。谷岡氏もまた、何者かになりたくて地元・北海道から出ていく。大学には進学せず、映画の世界にのめり込み、大阪、そして東京でレンタルビデオ店などに勤め、さらにVシネマ評論家として執筆活動を開始する。『竜二』の劣化コピーのような作品が粗製濫造されるVシネマを評論する行為を「好きで嫌いで、たまらない」と毒づきながらも、評論活動を続けている。竜二がヤクザにも小市民にもなれなかったように、映画評論家や映画ライターという職種の人間もまた、映画屋にも作家にもなれずにいる人々だ。谷岡氏は初めての著書『Vシネマ魂』(四谷ラウンド)を自身が監督となって映画化しようと奔走するが、映画版『Vシネマ魂』は思うような形には完成せず、谷岡氏は体を壊し、映画製作に協力した仲間たちは去っていく。谷岡氏は金子正次になろうとして、失敗した。そして、命を散らす代わりに『竜二漂泊1983』を書き上げたのだ。

 『竜二』が公開された1983年はメジャーとインディーズが拮抗して火花を散らし合った奇跡的な年だったと谷岡氏は振り返る。1980年代前半、日本映画は確実に衰退の道へ向かっていたが、大島渚や深作欣二ら巨匠たちは円熟の境地に達し、その一方では森田芳光が『家族ゲーム』(83)で頭角を現わし、後に『おくりびと』(08)でアカデミー賞外国語映画賞を受賞する滝田洋二郎ら若手監督たちがピンク映画から一般映画へ進出してくる。石井聰亙(現在は石井岳龍)、長谷川和彦、高橋伴明、相米慎二、井筒和幸、池田敏春ら気鋭の監督たちが「ディレクターズ・カンパニー」を立ち上げたのもこの時期だ。そして、低予算自主映画として完成した『竜二』は都内の名画座支配人たちに後押しされ、東映セントラル配給で全国公開される。面白いもの、本物を作りさえすれば、インディーズだろうがメジャー作品と同じように評価されると信じられていた時代だった。だが、やがてその熱気はバブルの騒乱の中へと取り込まれていく。

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