“反短パン”でパンクスだったボクが見た、ハイスタ・横山健のドキュメンタリー『横山健 疾風勁草編』

日刊サイゾー / 2013年11月14日 17時0分

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 イカ天、ホコ天などをきっかけとした1980年代後半のバンドブーム。この頃から「自主制作」のことを「インディーズ」なんて呼ぶようになり、ライブハウスなどで活動していたバンドたちが突如として脚光を浴びることとなった。結果、多くのバンドがメジャーのレコード会社と契約しドカーンと売れたものの、ブームの渦に翻弄されまくった挙げ句、そのほとんどが使い捨て状態にされて、解散していってしまったのだ。

 で、そんなバンドブームの終焉と時を同じくした1991年に結成されたのが「Hi-STANDARD」。

 ブームの反動で「バンド冬の時代」なんて呼ばれていた時期に結成したハイスタは、80年代バンドブームの反省を生かした……というわけではないんだろうけど、うまーくメジャーを利用しつつも、本当の意味でのインディペンデントな活動にこだわり、自分たちのレーベルからリリースしたアルバムでミリオン・ヒットを飛ばしたり、自ら企画した大規模フェス「AIR JAM」を成功させたり、国内・海外をボーダーレスに活動したり。

 右も左も分からないバンドマンたちが、業界の大人たちにいいように食い物にされた感のある80年代バンドブームのバンドたちと比べ、非常にクレバーに立ち回り、格好よく活動していたという印象がある。現在につながる日本インディーズシーンの基礎は、やはりこの頃のハイスタやその周辺のバンドたちが作ったといえるんでしょうねぇ。

 まあとにかく、当時の勢いと人気はすさまじくて、ライブハウスに行けばみんな「PIZZA OF DEATH」(ハイスタのレーベル)のTシャツを着ていたし、学祭ではハイスタやメロコアのコピーバンドばっかり。あの頃に青春を送った人たちにとって「ハイスタ」「AIR JAM」というのは、今でもグッときてしまうワードなんじゃないだろうか。

 ちなみにボクも年齢的には思いっきり「AIR JAM世代」、しかもその時期にライブハウスやパンクシーン周辺を頻繁にウロウロしていたのだが、「基本的に売れてるヤツらは気にくわない」というあまのじゃくな性格が災いし、ハイスタやメロコア周辺とはちょいと距離を置いていて、むしろ「短パンでパンクやるな!」とか思っていたのでした。

 それでも、ハイスタの音や動向はちょいちょい耳に入ってくるし、パンクシーン全体を牽引する存在として、やっぱり気にはなっていたんだけどね。

日刊サイゾー

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