流れ星 “当代一のギャガ―”ちゅうえいが生み出す「ギャグのための漫才」とは

日刊サイゾー / 2014年6月16日 9時0分

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 突然だが、これを読んでいるあなたは「ギャグ」というものに対して、どういうイメージを持っているだろうか? ギャグと言われて、何を思い浮かべるだろうか――? 実は、ギャグに対するイメージは、お笑い業界の内と外で180度異なる。

 一般的には、ギャグというのは「お手軽に笑いを取るための手段の1つ」ぐらいに思われているのではないだろうか? だが、プロの芸人の多くは、そうは思っていないはずだ。むしろ、数あるお笑いのジャンルの中で、ギャグほど難しいものはない、というのが業界内での定説だ。

 ギャグ(一発ギャグ)とは、瞬間的に特定のポーズを取ったり動作を見せたりしながら特定の言葉を発して、その動きや言い方の面白さで受け手を笑わせるというもの。ギャグのフレーズはときに流行語となり、爆発的な人気を博すこともある。お笑いの歴史の中では、ビートたけしの「コマネチ」、小島よしおの「そんなの関係ねえ」など、数々の名作ギャグが生まれている。

 最近の若手お笑い界では、「ギャグ」は「大喜利」「フリートーク」「モノボケ」と同じような、1つのお笑いのジャンルとして認識されている。お笑いライブやバラエティ番組などで「何かギャグをやってみて」と言われたら、芸人はギャグで返すしかない。芸人の中には、ギャグが得意な人もいれば、苦手な人もいる。それでも、芸人を名乗るならギャグの1つや2つくらいできて当然だ、という風潮がある。

 だが、そもそも、ギャグというのは単体で見ると決して面白いものではない。というより、そこで面白さを生み出すのが難しい構造になっている。いまギャグと呼ばれているものは本来、喜劇やコントや漫才の流れの中で繰り出されるものだ。長いネタの中に組み込まれているので、ギャグの前には十分な前振りがあり、ギャグの後にはそれを受けるツッコミやリアクションがある。だからこそ、ギャグの箇所で笑いが起きるのだ。ギャグだけを単体で切り出しても、それが笑いにつながることはめったにない。

 「何かギャグをやってみて」というのは、地獄への片道切符だ。前振りなしでギャグをやっても、まずウケることはない。ウケないと分かっていても、振られたらやるしかない。芸人たちは、崖のてっぺんから谷底に飛び込むように、決死の覚悟でギャグに挑んでいくのだ。

 だから、芸人がギャグをやるときには、スベることを想定して保険をかけておくことが多い。ギャグ自体で笑いが起こらなくても、スベッたときの周りからのツッコミやフォローで笑いが起これば問題なし。いわば、体に命綱をくくりつけて、バンジージャンプのように崖から飛び降りるのが一般的なギャグへの対処法なのだ。

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