DA PUMP、祝・再ブレーク! 過去に通過した屈辱の「抱き合わせ商法」

日刊サイゾー / 2018年11月21日 10時0分

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 年末の『NHK紅白歌合戦』の出場者が14日に発表され、DA PUMPの16年ぶりの出場が決まった。今年6月に発売されたシングル「U.S.A.」(SONIC GROOVE)のYouTubeの再生回数が1億回を超え、レコード大賞獲得もウワサされるDA PUMP。見事な復活劇は大きな話題となったが、デビュー時にも業界に伝説を残している。

 DA PUMPは、安室奈美恵、SPEED、MAXらを生んだ沖縄アクターズスクール出身のグループ。デビュー当時のメンバー4人は全員沖縄出身で、1997年にデビューし、翌98年から5年連続で『紅白』に出場したが、デビュー直後の強引なプロモーションは、関係者の間では有名だったという。当時、大手出版社で児童雑誌の編集をしていた男性が振り返る。

「DA PUMPがデビューした97年、私は“学年誌”と呼ばれる児童向け雑誌の編集部にいました。当時はモーニング娘。がデビューする直前で、小中学生の間でSPEEDが圧倒的な人気を誇っていた時期。学年誌には芸能コーナーがあり、飛ぶ鳥を落とす勢いのSPEEDにオファーを出したところ、先方の返事は『DA PUMPも一緒に使うならOK』というものでした。SPEEDとDA PUMPは、いずれも所属事務所がライジングなので、いわゆるバーターというやつです。SPEEDはメンバーが若く(当時10代前半)、なかなか取材の時間が取れないので、編集者の間では『SPEEDで10ページ取りたかったら、DA PUMP用に2ページは空けておけ』などと言われていました」

 いわゆる“抱き合わせ商法”で売り出されたDA PUMP。彼ら自身も、デビューシングルが20万枚ほど売れ、十分に一本立ちできるレベルではあったが、SPEEDの売り上げはさらに1ケタ上をいっており、翌年になってもバーターは続いたという。キー局の番組制作関係者が振り返る。

「98年の夏、SPEED・島袋寛子が主演した映画『アンドロメディア』が制作され、公開直前にゴールデンタイムでスペシャル番組をやりました。当時はメンバー4人が出演するだけで、ある程度の視聴率が見込めただけに、スタジオトークと数曲のライブ、さらに公開が夏休み直前だったので、『SPEEDメンバーの夏休み』というような企画を行い、映画のメイキングシーンなども盛り込む予定でした。しかし、同作にはDA PUMPのメンバーも出演しており、事務所側の希望は『DA PUMPも出せ』というもの。結局、DA PUMPは『トーク+1曲』という形で落ち着きました」

 そんな両グループだが、片やDA PUMPは16年ぶりに紅白出場。SPEEDは再結成するも、活動はフェードアウト状態だが、再始動した際には、今度はSPEEDがDA PUMPのバーターになる“下克上”も夢ではなさそうだ。

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