【ジャニー喜多川氏追悼特集1】美少年への執着と審美眼「ボクは好きな子しか選ばない……」

日刊サイゾー / 2019年7月13日 12時0分

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 日本芸能界において数々の功績を残したジャニーズ事務所社長・ジャニー喜多川氏が急逝した。ここでは特別寄稿として、雑誌ジャーナリズムにおける、ジャニーズ事務所と対峙した“縁のある識者”らに、彼が残した芸能界への功績と寄稿者によるジャニーズ関連記事への思いを振り返ってもらいたい。第一回目は、「週刊現代」「フライデー」などの週刊誌編集長を歴任した元木昌彦氏。

◇ ◇ ◇

「ボクは好きな子しか選ばない」

 生前、ジャニー喜多川氏が繰り返しいっていた言葉だ。

 資産1,000億円ともいわれるジャニーズ王国を、一代で築き上げたジャニー喜多川氏が亡くなった。享年87。

 6月18日に自宅で倒れ、緊急搬送された。ジャニーズ事務所のタレントたちの祈りも虚しく、7月9日の午後、永眠した。

 翌日のスポーツ紙は全紙、一面全部を使って彼の死を悼んだ。「キムタク『ゆっくり休んでください』ジャニーさん天国へ」(ニッカンスポーツ)「SMAP 嵐…帝国築いたアイドルの父 ジャニー喜多川さん逝く」(スポーツニッポン)など、最大の賛辞を贈った。

 朝日新聞も一面で取り上げた。

「1931年、米ロサンゼルスで生まれた。10代で、公演で現地を訪れた美空ひばりらの通訳をし、ショービジネスの基礎を学んだ。その後、日本で、コーチをしていた少年野球チーム『ジャニーズ』からメンバーをスカウトし、62年、同名グループのマネジメントのためジャニーズ事務所を設立した。

70~80年代にかけてフォーリーブスや郷ひろみ、近藤真彦、田原俊彦、少年隊、光GENJIら時代を代表する人気タレントが次々と輩出。日本の歌謡界で歌って踊れる『男性アイドル』というジャンルを定着させた。その後、世に送り出したSMAP、TOKIO、V6、嵐などがヒット曲を連発。マルチタレントとして幅広い世代から支持を集めることに成功した」(7月10日付)

 7月11付の「天声人語」でも、

「これほど名を知られていながら、これほど素顔を知られぬまま旅立った人も珍しいのではないか。訃報(ふほう)の写真のジャニー喜多川さんは、帽子をかぶり、サングラスをかけている。表情も年齢も読みとりがたい▼素顔や肉声をさらさない主義で知られた。同僚者によると、取材には毎回、撮影不可という条件が付された。『劇場の客席で観衆の反応をつかむため、顔を公開したくない』などの理由が挙げられた▼『ユー、やっちゃいなよ』。そんな言い回しで知られたが、取材には折り目正しい日本語をゆっくり話し、敬語も丁寧だった。ジャニーズらしさとは何かと尋ねると、『品の良さ』と答えたという」

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