ビートたけしが引退を思いとどまり、『ソナチネ』のロケ地に選んだ石垣島エピソード

日刊サイゾー / 2019年9月1日 0時0分

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 この夏、孫を2人連れて、沖縄県は石垣島を旅行した。

 石垣島は、1993年に公開された北野武監督4作目『ソナチネ』のロケ取材以来だから、27年ぶり。当時、筆者は新聞と女性週刊誌でたけしのインタビュー連載を担当していたため、編集者とカメラマンの3人で石垣島に向かった。

 当時は直行便がなく、那覇経由だった。ところが、強雨のために飛行機が飛ばず、待つこと8時間。ようやく飛ぶことが決まったものの、今度は強風で石垣空港に着陸できず、那覇空港に戻された苦い経験がある。そのぶん、翌朝に到着した石垣島で見た、青い海の美しさは忘れられない。

『ソナチネ』は、沖縄で勃発したやくざ同士の諍いを収めるため、東京から助っ人としてやって来たたけし演じるやくざの村川組長が、やがて大きな暴力団抗争に巻き込まれていくーーというストーリー。予想以上に深刻となっていく抗争から逃れるため、子分役の故・大杉蓮さん、寺島進、勝村政信らを連れて沖縄の片田舎に避難する様子が描かれているが、その舞台となったのが石垣島だった。

 海辺で彼らが、まるで子どもに戻ったように無邪気に遊ぶ姿が印象的だが、なぜ、たけしは石垣島をロケ地に選んだのか? それは、たけしの盟友である漫才師「B&B」の島田洋七の話から判明した。

 たけしは86年、“フライデー襲撃事件“を起こして逮捕・起訴され、芸能活動を謹慎。マスコミからの取材を避けるため、石垣島に逃避行している。洋七によれば、「たけしは石垣島の海を見ながら、“芸能界をやめようかな“と悩んでいました。たけしにとって、石垣島は引退を思いとどまらせてくれた特別な島なんです」。

 筆者が島に到着した日、たけしはロケを早めに切り上げて取材に応じてくれた。その後、島の小さな料亭で食事会を開催。当時、日本の政局は、自民党副総裁だった金丸信と、金丸が党幹事長に抜擢した小沢一郎ラインが握っていた。泡盛で酔った勢いも手伝って、たけしの話は映画から政治にまで及び、「今の日本の政治は悪すぎる」とエスカレート。「オレは金丸信をヤルから、本多さんは小沢一郎をヤレ」と、酔っ払いの物騒な話まで飛び交ったのを記憶している。

 それほど、当時は血気盛んだったのだ。食事会がお開きになった後の二次会会場は、島の小さなスナック。接客したアルバイト女性は東京、神奈川から来た者ばかりだった。みなカード地獄から逃れて、昼はサーフィン、夜はスナックのアルバイトに明け暮れていた。時代を象徴していた。

 あれから27年。石垣島は、2013年に新空港が開港してから変貌してしまったーーと、地元のタクシー運転手が話してくれた。

「新空港が建設されれば、白保の海が荒らされて白いサンゴ礁が絶滅してしまうと、反対運動が起こったんですが、それを押し切って空港が作られました。結果、繰り返される埋め立てで海は汚れ、今や市街地は、中国や台湾の観光客も押しかける一大観光地になってしまった。それがいいのか、悪いのかはわかりません」(タクシー運転手)

 石垣島の神がかった青い海を知る、たけしや筆者には寂しい話だ。

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