ライムスター宇多丸、盟友・オオスミの死を哀悼 伝説の『カウボーイ・ビバップ』放送の裏側にも言及

日刊サイゾー / 2021年2月10日 17時0分

 こんにちは。ラジオ書き起こし職人のみやーんZZです。いつも聞きまくっているラジオの中から興味深かったエピソードを紹介する連載の第2回目。

 今回は2021年2月3日放送のTBSラジオ『アフター6ジャンクション』の中での宇多丸さんのトーク。亡くなったファッションデザイナーでラッパーのオオスミタケシさんとの思い出を話していた部分です。

 ファッションブランド・スワッガー(SWAGGER)、フェノメノン(PHENOMENON)などを手掛け、現在はミスター・ジェントルマン(MISTERGENTLEMAN)のデザイナーとして活躍していたオオスミさんが21年1月24日、敗血症のために入院先の病院で亡くなったという訃報は多くの人に衝撃を与えました。

 ヒップホップユニットSHAKKAZOMBIEで主に90年代から00年代にかけて、Big-Oというラッパー名で活躍していたオオスミさん。日本語ラップがマイナーだった時代から共にしのぎを削ってきた仲間の早すぎる死に、宇多丸さんも相当なショックを受けたようです。

「寝耳に水で全然実感がない」と言いつつも、オオスミさんとの思い出を話していく宇多丸さん。お客さんよりも演者の方が多かったという下北沢のクラブでの日本語ラップイベントの話。オオスミさんからもらったはじめてのデモテープをまだ持っている話。SHAKKAZOMBIEが原宿でやっていたヒップホップ居酒屋・龍宮での思い出。オオスミさんがファッション業界で成功してからの話など、様々なエピソードを次々に話していきます。

「Big-Oという名前にふさわしくまん丸。体型だけじゃなくて、人柄もまん丸だった」「成功してからも、いつ会ってもいいやつのままだった」とその人となりを紹介しつつ、「次に会った時には『俺、ミスター・ジェントルマンの服を普通に買っているよ』と言ってカマしてやりたかったのに、そんなこともできなくなっちゃった」ととても残念そうに話していたのが印象的でした。

 さらにオオスミさんの実質的なソロ楽曲『空を取り戻した日』と『アフター6ジャンクション』の縁についても紹介。アニメ『カウボーイ・ビバップ』の最終回『よせあつめブルース』の地上波初回放送時限定のラストで、『空を取り戻した日』が流されるに至った経緯を話します。

 当時、『カウボーイ・ビバップ』の渡辺信一郎監督がこの楽曲の使用を強く希望し、ヒップホップとアニメのライターをしていた『アフター6ジャンクション』の構成作家・古川耕さんに相談。レーベルとの間を取り持ったことで楽曲使用が実現したというエピソードを紹介しながら、追悼の気持ちを込めて『空を取り戻した日』を流したのでした。

 その後も「こういう時って、どうでもいい思い出がどんどん浮かんでくる」と言いつつ、オオスミさんやKREVAさんらと行ったライブでの思い出なども話していた宇多丸さん。「東京と大阪で一緒にやった投げ銭ライブ。東京ではそれなりにお金が入ったんだけど、大阪ではなんと投げ銭がゼロ円だったんだよ。東京よりもお客が入っていたのに!」というエピソードには思わず笑ってしまいました(笑)。

 ただただしんみりするのではなく、笑いも交えながら仲間を送り出した宇多丸さんのトークは、訃報に触れてショックを受けていた僕の切ない気持ちも和らげてくれました。

 僕もオオスミさんとはSHAKKAZOMBIE時代にちょっとだけお話させていただいたことがありましたが、宇多丸さんが仰っていた通り、物腰が柔らかくてとても素敵な方でした。オオスミさん、本当にお疲れさまでした!

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