全国に分身が祀られている“梅毒”を治してくれる神様

サイゾーウーマン / 2012年5月27日 9時0分

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“行きつけにしたい”全国パワスポ【第2回】 

 友人や友達、恋人にも、なんとなく相談しにくい……そんな悩みのひとつやふたつ、誰しもあるはず。体にまつわることならなおのこと、抱え込んでいるといつしか精神まで病んでしまうことだってありますよね? そんな時、心の拠り所になってくれる寺社仏閣を紹介するこの連載。知っておくと役に立つ!? ありがた~いパワースポットを巡ります。

<行きつけパワスポ その2>
功徳林寺(台東区谷中)

■全国各地に勧請された“瘡平癒”の神様

 連載2回目に紹介するのは、瘡平癒(かさへいゆ)の神様として知られる「笠森稲荷」。もともと、大阪府にある「笠森稲荷」が瘡平癒の神様として知られるようになったことが始まりとなり、全国各地に勧請(かんじょう【註1】)されていった稲荷様です。そもそも、この「瘡」とは、一般に傷跡にできる「かさぶた」ともいい、できものや皮膚に関する病のことを指します。しかし、今回注目したいのは、もうひとつの意味。実はこの「瘡」には、昔「瘡毒(そうどく)」とも呼ばれていた「梅毒」の意味も含まれているのだとか。「梅毒」なんて、まさに他人には相談しづらい身体の悩みのひとつのはず……。そこで今回は、現在も「笠森稲荷」を祀り、“江戸の笠森稲荷”として知られる「功徳林寺」のご住職、新谷さんを訪ねました。

 功徳林寺が笠森稲荷を勧請したのはいつ頃なのでしょうか?

「確かな情報を記す資料は残っていないのですが……言い伝えによると、明治16年、勧請された笠森稲荷があった場所に建立されたのが、この功徳林寺でした。それで建設の際に、境内にお社を設けて笠森稲荷を祀ることになったと伝えられています。とはいえ、見ての通り、うちは「笠森稲荷」であることを大々的に公表をしているわけではないんですよ。それでも、歴史好きの方やテレビで紹介されているところを見た方、昔からの言い伝えを信じる方々が、今でも参拝に来てくださっていますが」(新谷さん)

 ちなみに、同じ上野エリアには、功徳林寺のほかに、大円寺、養寿院にも笠森稲荷が祀られているそうです。

■笠森を“瘡守”ととらえて御利益に!?

 それにしても、「瘡」の本来の意味を考えると、やはり「瘡毒」、つまり「梅毒」平癒の御利益があるというのは、少々強引な気が……。

 そもそも笠森稲荷は、“かさもり”というその名前の響きから“瘡を守る”ととらえられ、瘡平癒の神様として信仰されるようになったと言われています。そして当時、日本では発祥したばかりで抗生物質もなく、多くの死者を出して“奇病”と恐れられていた梅毒は、“腫瘍ができるから”といった理由で、“瘡毒”と呼ばれていたとか。そうした経緯から、笠森稲荷は「梅毒平癒の御利益もある」と広まっていきました。「梅毒で危篤」なんて、今では考えられない話ですが、江戸時代の医学事情を描いた『仁-jin-』(集英社)でも、梅毒で危篤状態の遊女という設定を見たような……。

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