「8月の敗北」克服した金正恩の5年間…閲兵式「演説」にのぞく自信

デイリーNKジャパン / 2020年10月13日 13時31分

朝鮮労働党創建75周年記念閲兵式に参加した金正恩氏(2020年10月10日付朝鮮中央通信より)

北朝鮮の金正恩党委員長は10日、朝鮮労働党創立75周年を記念した閲兵式で演説し、次のように誇った。

「わずか5年前、まさにこの場で行われた党創立70周年慶祝閲兵式と比べてみると、誰もがよく分かるでしょうが、われわれの軍事力の近代性は大きく変わり、その発展速度は誰もが容易に推しはかることができるでしょう」

こう語ったとき、金正恩氏の胸中はさぞや深い感慨で満たされていたに違いない。5年前、すなわち2015年の8月、朝鮮半島は戦争の危機を経験した。同月4日、北朝鮮が非武装地帯(DMZ)に仕掛けた対人地雷に韓国軍兵士が接触、身体の一部を吹き飛ばされ瀕死の重傷を負った。

膝を屈した北朝鮮

これに北からの軍事挑発だと非難した韓国軍は報復として、それまで中断していた拡声器放送による対北心理戦を再開。北側が再報復として拡声器を砲撃したことで軍事的緊張がエスカレートし、大規模な軍事衝突に発展する可能性が高まった。

当時、北朝鮮の体制崩壊は近いとの見方に傾いていた朴槿恵政権は、2014年7月14日に統一準備委員会を発足させていた。朴槿恵氏は同委員会設置の目的について「朝鮮半島の統一を準備し南北間の対話と民間交流の幅を広げていく」と説明していたが、実際には金正恩体制の崩壊時に素早く北を飲み込む方策を練っていた。同委員会の鄭鍾旭(チョン・ジョンウク)副委員長が2015年3月10日、韓国プレスセンターが主催したフォーラムで、「南北間の合意による統一だけでなく、南北間の合意によらない他の形の統一も準備している」と述べると、北朝鮮は激しく反発した。

韓国にこうした動きが見える中、北朝鮮は8月の軍事危機に際して相当な緊張を強いられた可能性が高い。

臨戦態勢に突入

実際のところ、危機の端緒となった地雷爆発を、北朝鮮による計画的な挑発と見るのは難しい。朝鮮人民軍(北朝鮮軍)は同年4月から、DMZで不審な動きを見せていた。軍事境界線の西部から東部までにわたり、5人~20人単位で近接偵察を兼ねて何らかの作業を繰り返していたのだ。

DMZではこの頃、北朝鮮の兵士が徒歩で南側に入り、亡命するなどの出来事が相次いでいた。それにまったく気付かない韓国軍の警備の欠陥が指摘されていた一方、北朝鮮側の士気の緩みにも深刻なものがうかがえた。そうしたこともあり、韓国側では当初、北朝鮮側の動きについて、兵士の脱北防止のために地雷を埋設しているものと見ていたのだ。それにそもそも、誰かがいつ、接触するかどうかもわからない地雷が、軍事挑発の手段として効果的と言えるだろうか。

北朝鮮側の目には、これを挑発だと強弁して報復に出た韓国側の動きこそが、挑発に映ったかもしれない。一方、韓国側とて、この機を捉えて戦争に打って出る計画など持っているはずもなかった。2010年に起きた韓国海軍哨戒艦「天安」撃沈事件と韓国領である延坪島への砲撃事件に際し、当時の李明博政権は、すでに核実験を強行していた北朝鮮に対して軍事報復に出ることができなかった。

ただ、その際に「手ぬるい」との批判が噴出した教訓から、朴槿恵政権は2015年8月の危機に際し、一貫して強い姿勢を取り続けた。朴槿恵氏の支持率は上昇し、それがまた政権の強硬姿勢に拍車をかけた。軍は、兵士の身体の一部が地雷で吹き飛ばされる様子を収めた監視カメラ映像を公開するなどし、韓国社会では「絶対に譲歩するな」との声が高まった。

(参考記事:【動画】吹き飛ぶ韓国軍兵士…北朝鮮の地雷が爆発する瞬間

北朝鮮もまた、メディアを総動員して韓国を非難する一方、多数の潜水艦を一斉に出向させるなどして、強硬姿勢をアピールした。8月15日の「祖国解放(日本統治からの解放)70周年」記念行事に、李永吉(リ・ヨンギル)軍総参謀長(当時)と金英哲(キム・ヨンチョル)偵察総局長(同)が姿を見せず、司令部で臨戦態勢に入ったとの観測情報も流れた。

しかし結局、先に折れたのは北朝鮮だった。

双方は8月22日から板門店(パンムンジョム)で、危機回避のための高官協議を行った。そのことを、朝鮮中央通信は北朝鮮メディアとしては異例のスピードで速報し、次のように伝えた。

北南高位級緊急接触が行われる

【平壌8月22日発朝鮮中央通信】朝鮮労働党中央委員会政治局常務委員会委員、共和国国防委員会副委員長の黄炳瑞・朝鮮人民軍総政治局長と朝鮮労働党中央委員会政治局委員である党中央委員会の金養建書記が8月22日午後、現事態に関連して大韓民国青瓦台国家安保室の金寛鎮室長、洪容杓統一部長官と板門店で緊急接触を行うことになった。---

韓国を正当な国家と認めない北朝鮮は通常、こうした記事では「南朝鮮」や「南側」と表記する。「大韓民国」と正式国名で呼ぶのは極めて異例で、韓国側が強く要求した結果であるのは明らかだ。つまりはそのような要求を受け入れてでも、北朝鮮はより切実に、危機回避を望んでいたということだ。

高官協議は、25日までかかって合意に達した。北朝鮮は、地雷爆発で韓国兵士が負傷した件について「遺憾の意」を表明、韓国は対北宣伝放送の中止に同意した。双方は同時に、関係改善のための当局者会談の開催や、民間交流の活性化を含む6項目の合意を発表した。

朴槿恵政権は、強い姿勢で平和を勝ち取ったと誇り、朝鮮半島情勢はしばらく安定するものと期待された。

この「8月危機」が、金正恩氏にとって強烈な体験であったのは明らかだ。翌年1月1日に発表した「新年の辞」で、同氏はこのように語っている。

「祖国統一と北南関係の改善を望まない反統一勢力は、戦争策動に狂奔しながら交戦直前の危険極まりない事態をつくり出し、内外の大きな憂慮を呼び起こしました。南朝鮮当局は、北南対話と関係改善の流れに逆行し、われわれの『体制変化』と一方的な『体制統一』を公然と追求しながら北南間の不信と対決を激化させました」

このほかにも金正恩氏は、同じ「新年の辞」の中で「(昨年の)戦争の危険」「一触即発の危機」「昨年の8月事態」「全面戦争へと広がりかねない」などと、繰り返し8月危機に言及している。金正恩氏はトランプ米大統領が朝鮮半島近海に航空母艦を派遣した2017年の緊張については、このような振り返り方はしていない。

北朝鮮の指導部は8月危機に際し、どのような理由から韓国に「折れる」ことを決めたのかは推測するしかない。おそらく北朝鮮は、すでに核実験こそ行っていたものの、戦力化には至っていなかったのだろう。核兵器以外で脅威とされていたのは、軍事境界線近くに配備されソウルを射程に収めている大量の長距離砲だが、それにも何らかの重大な欠陥があったのかもしれない。あるいはもっと全般的な意味で、「戦争には耐えられない」と判断した可能性もある。

いずれにせよ、金正恩氏は8月危機を教訓とし、核兵器の戦力化を急ぐことを決断したように見える。その号砲となったのが、2016年1月6日に行われた4回目の核実験だ。

関係改善をうたった韓国との合意は、北朝鮮が約束した対話に応じようとせず、2015年末の時点で骨抜きになっていた。金正恩氏は自国が弱い立場に置かれたままでの関係改善を良しとせず、韓国との合意を時間稼ぎに利用したのだろう。

そこから北朝鮮がさらに2回の核実験を強行し、弾道ミサイル技術の完成に向けて突っ走ったのは周知のとおりだ。金正恩氏が2018年になって米韓との対話に乗り出したのは、韓国との軍事バランスで優位に立ち、米国の先制攻撃さえ抑止できる力を持てたと確信したからだろう。

とはいえ、核兵器の戦力化で北朝鮮の軍事力が無敵になったわけではない。

北朝鮮は最近、韓国軍のステルス戦闘機導入にナーバスな反応を見せるようになっている。北朝鮮のような絶対的独裁体制の弱点は、ほかならぬ独裁者にある。ステルス戦闘機に気配もなく侵入され、金正恩氏の居所をピンポイント攻撃されたらそれで体制は終わりかねない。

そのようなリスクは、核兵器による報復意思を示すことで減らすことができる。しかし、金正恩氏が亡き者にされた後、残された高官たちは、報復による破滅を覚悟で核ミサイルのボタンを押すことができるのだろうか? 仮に、米韓などが何らかの根拠に基づき「押せるはずがない」という判断を下すようなことがあれば、金正恩氏の身の安全は脅かされることになる。

ただ、そのような危険性にさえ、金正恩氏は手を打っているようにも見える。権力中枢における、妹・金与正(キム・ヨジョン)党第1副部長の台頭がそれだ。唯一的領導体制を敷き、独裁者個人を絶対の指導者としてきた北朝鮮にあって、自らの「意見」を発信することが許された金与正氏は特異な存在だ。もしも金正恩氏の死後、金与正氏が自動的に指導者となる仕組みを完成させられるのなら、また金与正氏が、兄の亡き後にも核を武器に戦うことのできる「ガッツ」を外部に示すことができるなら、北朝鮮の軍事的抑止力は強力さを増す。

このように振り返ると、金正恩氏は実に充実した5年間を送ってきたと感じざるを得ない。それはもちろん、大衆へのパフォーマンス重視のトランプ大統領や、北に融和的な文在寅政権の誕生といった予期せぬ幸運に助けられてのものではある。しかしそれでも、金正恩氏はこの間、軍事的な弱さを克服する戦略を成功裏に進めてきたと言えるだろう。

翻って、米国や韓国、そして日本はどうか。経済制裁を続ける以外、北朝鮮を非核化するための戦略などないも同然だ。そのような戦略は、今後しばらく生まれてくる気配すらない。もしこのまま行くならば、金正恩氏が次の5年間にどのような戦略を描いているにせよ、それを実現させてしまう可能性は低いとは言えないだろう。

(ジャーナリスト 李策)

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