「わが国なら一族が滅ぼされる」大統領を逮捕できる韓国を羨む北朝鮮の人々
デイリーNKジャパン / 2025年1月22日 15時0分
北朝鮮国営の朝鮮中央通信は17日、「傀儡韓国で史上初めて現職大統領逮捕、尹錫悦傀儡を捜査当局に護送 国際社会が緊急ニュースとして一斉に集中フォーカス」との題名で、韓国の尹錫悦大統領が内乱罪容疑で身柄を拘束されたことを報じた。この記事は朝鮮労働党機関紙・労働新聞などにも配信され、広く報じられた。
記事は、3日に大統領公邸に踏み込もうとする捜査当局と大統領警護処が激しく衝突して逮捕に失敗し、尹氏がしばらく官邸に閉じこもったことに言及。前職の大統領は4人逮捕されているが、現職の大統領として逮捕されるのは尹氏が初めてであり、韓国政治の混乱がさらにひどくなるだろうなどと伝えている。
この記事を読んだ北朝鮮国民の反応を、平安北道(ピョンアンブクト)のデイリーNK内部情報筋が伝えた。
新義州(シニジュ)在住の30代男性は、「資本主義は腐っていると教わってきたが、あの国(韓国)こそ国民が国の主だと思う」と述べた上で、韓国の民主主義制度を称賛し、北朝鮮の現実を嘆いた。
(参考記事:金正恩命令をほったらかし「愛の行為」にふけった北朝鮮カップルの運命)
「わが国(北朝鮮)では配給が途絶えて久しく、飢えていても誰も文句ひとつ言わずに生きている。南朝鮮(韓国)では指導者の責任を問い、監獄送りにできるとは、本当にすごくて驚いた」
当局が尹氏逮捕の記事を配信したのは、韓国の体制は不安定で問題があり、北朝鮮こそ安定していると強調する意図があったと思われるが、読者には真逆に受け止められてしまったのだ。
新義州在住の40代男性は、「わが国は首領(金正恩総書記)がいかなる政治をしても、それについて一切の意見を言うことは許さず、下手なことを言えば一族が三代まで滅ぼされる」とし、「われわれは指導者に責任を問うなど想像すらできないが、南朝鮮では指導者を国民が選出し、さらには指導者を法的に処罰できるとは、信じられないほど」だと述べた。
北朝鮮において首領は無謬かつ神聖不可侵の存在で、一切の批判がタブーとなっている。金正恩氏を批判する落書きをするだけでも政治的大事件となり、捕まれば銃殺、または管理所(政治犯収容所)送りとなる。また、政策の失敗はすべて担当する高官の責任とされ、金正恩氏は本人が認めない限り、失政を問われることはない。
(参考記事:北朝鮮の15歳少女「見せしめ強制体験」の生々しい場面)
咸鏡北道(ハムギョンブクト)の内部情報筋は、清津(チョンジン)市民の間では尹氏逮捕の話題で持ちきりだが、大っぴらに話せず、親しい人同士でひそひそ話を交わしていると伝えた。
ある市民は、次のように述べた。
「われわれは食糧すらなく今すぐに倒れそうでも、(金正恩氏への)忠誠心があると演技をしなくてはならないが、韓国はわれわれとあまりにも違って不思議だ」
「世論の求めに合わせた政治をしない指導者は、いつでも引きずり下ろせる体制なので、発展し続け、豊かになるのは当然だ」
(参考記事:「わが国は毎日が戒厳令」韓国情勢を知った北朝鮮国民の驚きと嘆き)
両江道(リャンガンド)の内部情報筋によれば、現地の人々は恐る恐るながら、「それでも南朝鮮はとても豊かだ」「わが国もあのような体制だったらわれわれの暮らしも今よりずっと楽になるはず」と語っていると伝えた。
このように北朝鮮の人々は、自国の抑圧体制の問題点に気づき、韓国の民主主義体制を一様に称賛している。しかし、中には懐疑的に見る人もいるようだ。
ある恵山市民は次のように述べた。
「大統領はその国を代表する人物なのに、監獄に入れれば国の政治体制がうまく回らないのではないか。今回が初めてでもなく5回目だなんて、そのたびに社会の空気も混乱すると思う」
また、別の恵山市民もこう述べた。
「韓国は自由の代償として大きな混乱を支払わなければならない。大統領は、ひとつ間違えば監獄行きになるリスクを感受しなければならない点が負担になるだろう」
恵山は国境を流れる鴨緑江を挟んで中国と向かい合い、行き来が頻繁にあるため、中国が抑圧的な体制でありながらも、北朝鮮と比べると遥かに豊かな暮らしをしていることを知っている。
ちなみに韓国の司法制度では、捜査機関がまず被疑者の身柄を拘束し、裁判所に逮捕令状を請求する。その後、裁判所が令状実質審査を行い、逮捕に値するかを判断した上で、令状を発行する。棄却されれば48時間で釈放され書類送検され、発行されれば被疑者の身柄は送検され、20日間の取り調べを受ける。
尹氏は来月5日ごろに起訴されるものと見られるが、逮捕・拘束適否審査を請求する姿勢を見せており、これが認められれば保釈され、起訴が多少ずれ込むことになる。内乱罪の最高刑は死刑だが、もし死刑宣告がなされても、韓国は1998年から死刑執行を行っていない、事実上の死刑廃止国であるため、いずれかの時点で仮釈放されると見られる。
一方、憲法裁判所では弾劾審判が同時並行で行われている。憲法の規定で、国会での弾劾訴追案可決から180日以内に弾劾が妥当かの判断が下されることになっているが、現職の憲法裁判所長や一部裁判官の任期が満了する4月18日より前に、判断が下されると見られている。
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