金正恩が決めた「商品価格」が北朝鮮の市場で絶対に守られない理由
デイリーNKジャパン / 2025年1月30日 11時18分
戦時中の日本では物価統制令が施行されて、国が商品の値段をいちいち決めていた。しかし、敗戦後の物不足とインフレにより、公定価格が現実とかけ離れてしまった。闇市では、公定価格を無視して商品の売買が行われるようになり、コメは公定価格の100倍以上、砂糖が250倍以上の実勢価格で売買された。このような傾向は生産が回復し、流通が落ち着くまで続いた。
北朝鮮では、これと同じような状況が1990年代後半から30年来続いている。
1980年代以前とは異なり、コメは配給で得るものではなく、現金で市場で買うものとなった。当局は物価の安定を図るため、様々な品物に国定価格を設定した。しかし、市場では全く守られていない。
黄海南道(ファンヘナムド)の海州(ヘジュ)市人民委員会(市役所)は、商人に国定価格を守るように指示した。だが、返ってきたのは嘲笑だった。現地のデイリーNK内部情報筋が伝えた。
人民委員会の商業部は今月18日午前10時、奉仕証を持ち公式の売台(ワゴン)で商売している商人と市場管理所の職員を集めて、市内の養士(ヤンサ)市場で2時間にわたって講演会を開いた。なお、この市場は全国最大の清津(チョンジン)の水南(スナム)市場に次ぐ規模を誇り、敷地面積が2万1000平米を超える巨大マーケットだ。(韓国政府系のシンクタンク、統一研究院の推計)
講演会のテーマは、「市場価格と国定価格について正しい認識を持ち、国家経済を蝕む行為を行わないことについて」というものだった。
商業部は、市場価格と国定価格の乖離が国の経済に否定的な影響を及ぼすとし、商人が自らの利益ばかりを追求し、自分勝手に物の値段を上げる行為が頻発していると指摘した。そして、このような行為を反社会主義的、資本主義的だと強く批判した。
昨今、北朝鮮ウォンの価値が著しく下落しているが、商人は対米ドル、中国人民元レートの変動に敏感に反応し、ウォン安になれば市場価格を勝手に上げ、ウォン高になっても価格を下げないとも批判した。
講演者は、「国定価格を遵守することは、朝鮮労働党と国の経済を安定させ、人民生活を保護するために欠かせないことで、愛国的経済活動への寄与になる」と述べた。
そして、国営工場が生産した製品が市場で売られているのは、商人と工場が結託して横流しした結果だとして、摘発時には無慈悲に没収し、度重なる警告にも従わない商人に対しては法的処罰もさないと述べた。一方、市場管理所の職員に対しては、市場での不法行為への監督を強化するよう呼びかけた。
講演が終わるや、市場管理所の従業員がステージにあがり、「国定価格は人民のための政策だ!皆が守るのは当然だ!」と叫ぶパフォーマンス的なものを行った。
(参考記事:国家の統制に反し「市場経済の砦」となった北朝鮮の国営商店)
講演を聞かされた商人たちは、皆一様に鼻で笑っていたという。ある商人は、このような反応を示した。
「今、わが国(北朝鮮)に国定価格などあるものか。工場はまともに稼働せず、(市場で売る)商品も国境の向こうから入ってきたものを受け取っている。国定価格を論じるなんて、話にもならない」
当局は昨年2月、「国家唯一価格制」を導入し、食糧や生活必需品などの国定価格を、改めて事細かく定めた。例えば、コメ1キロは2000北朝鮮ウォン(約14円)、といった具合だ。一方、デイリーNKが定期的に行っている物価調査によると、今月15日に平壌の市場では、コメ1キロに2万1700北朝鮮ウォン(約152円)の値がついた。
国定価格が改定されていないとすれば、市場価格と10倍以上の差が開き、それで販売すれば大損するのは火を見るよりも明らかだ。
取り締まりを厳しくすれば、流通量が減り、市場価格はさらに上昇する。あるいは、販売を諦める商人が出てくるかもしれない。損をしない程度の値段で販売しただけで、「私利私欲ばかりを追い求めるエゴイストだ」「不法行為、反社会主義だ」と責め立てられる。これではバカバカしくてやってられないだろう。
(参考記事:金正恩氏が父の大失政「貨幣改革」のマネごとをする謎)
市場で流通しているコメの多くは、農場で農民がくすねたものだ。国のコメ買取価格は、引き上げられたとは言え、依然として安い。そこで農民はコメを命がけで隠匿し、より高値で買ってくれる市場に流すのだ。また、農場から徴発されて軍隊などに輸送されるコメも、途中で一部が抜き取られ、市場に流される。
当局は農場のコメを買い取り、糧穀販売所で市民に安く販売して物価を安定させることで、失われた朝鮮労働党や金正恩総書記への支持を取り戻そうとした。しかし、通貨安、燃料代や営農資材の高騰などでコメ価格が一向に安定しないことから、商人に処罰をちらつかせて、無理やり国定価格で売らせようとしているのだ。
(参考記事:【北朝鮮国民インタビュー】「国には何も期待しない。自由に商売をさせてくれるだけでいい」)
国民から、「国が何もしないことが、最大の経済対策」と揶揄されるほど、金正恩氏や経済政策の立案者は、無能ぶりを晒しているのだ。
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