アベノミクスでバブルは再来する? バブルの遺構「赤プリ」まもなく解体終了

ダ・ヴィンチニュース / 2013年4月25日 11時50分

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『バブルの肖像』(都築響一/アスペクト)

 解体工事が進む、東京・紀尾井町の「グランドプリンスホテル赤坂」。東京都庁などを手掛けた建築家・丹下健三の設計により、1983年「赤坂プリンスホテル新館」として開業し、老朽化などを理由に2011年3月31日に営業を終了。2012年6月からだるま落としのように徐々に高さを縮める「テコレップシステム」という工法で解体が進んでいる。

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 「赤プリ」という愛称で呼ばれたこのホテル、国会が近いこともあって政治家が集まり、数々の芸能人やスポーツ選手の結婚式場として利用されたが、なんといってもバブル景気の時代に「クリスマス・イブに予約の取れない憧れのホテル」として名を馳せた「トレンディ・スポット」(←死語ですね)として有名な場所だったのだ。

 バブル景気とは、昭和から平成へと元号が変わった1980年代後半~90年代初頭、株や土地の値段が高騰して資産が「泡」のように膨れ上がり、日本中が金余りになっていた、今では考えられないほどの好景気の時代だ。1989年12月29日の東京株式市場の大納会での日経平均株価の終値は、なんと38915円87銭(この頃がバブル絶頂期)。銀行はじゃぶじゃぶと融資を行い、その金であちこちで宅地やリゾートの開発が行われ、一般庶民までもがこぞってNTT株などを購入して財テクに走り、猫の額のような土地まで地上げ屋に狙われ、日本中が浮かれまくっていたのだ。しかも政府まで「ふるさと創生事業」として各市区町村に地域振興に使える1億円を交付、妙なものを購入したり、おかしな建物を建てる自治体が続出した(ちなみにこの事業の発案は当時首相だった竹下登。「うぃっしゅ!」の決めゼリフでおなじみのDAIGOの祖父だ)。

 それがどれほどの狂乱っぷりだったのかは、後年にその遺構を訪ねた『バブルの肖像』(都築響一/アスペクト)に写真とともに詳しく記載されている。前述の赤プリなどのホテルに宿泊してクリスマス・イブを楽しむには夏に予約が必要(しかも高い部屋から順に予約が埋まったそうだ)で、高級レストランでのディナーとティファニーのオープンハートのプレゼントが定番セットだったという。また土地や株で財を成した「バブル紳士」たちは、ドン・ペリニヨンのロゼとヘネシーなどのコニャックを混ぜて飲む、お値段30万円以上の「ピンドンコン」を高級クラブで楽しみ、帰りのタクシーを止めるために1万円札をピラピラ振って「金あるぞアピール」をしていたという。

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