昔は捨てられていたトロを最初にメニューにしたのは?

ダ・ヴィンチニュース / 2013年12月8日 12時30分

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『あのメニューが生まれた店』(菊地武顕/平凡社)

 今では日常的に、当たり前のように食しているメニュー。それらにはどれも誕生秘話があるもの。そうしたエピソードを集めたのが、先日発売された『あのメニューが生まれた店』(菊地武顕/平凡社)だ。たとえば、今では高級食材のトロが昔は捨てられていた……というのは有名な話。では、どの店が最初にメニュー化したのだろうか?

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 トロ握りの元祖は、東京・日本橋の「吉野鮨本店」。なんでも大正8年頃から出されるようになったという。当時は、寿司に使う鮪は赤身の部分のみ。脂っぽいものを当時の人は嫌ったため、トロはもっぱら大衆食堂でネギマ鍋にされていたらしい。そんなトロを初めて握りにしたのは、鮪が不漁でやむを得ずのことだった。だが、つねに仕入れていると「悪い噂が立ちかねない」ということで、ときどきしか出さなかった。すると、「この間のあれ、あるかい?」と注文する人が出てくるように。そのころは脂っこいことからトロの部位は「アブ」と呼ばれていたが、お客さんが「口の中に入れたら、トロッとする。じゃあトロにしよう」と言ったことから、トロと呼ばれるようになったそうだ。

 客の嗜好によって名物が生まれることはよくあるが、今ブームが続いているかき氷のミルク金時も、客のアイデアから生まれた一品。発祥は、大正14年創業の、岡山にある「喫茶カドキン」。喫茶店は岡山大学の前身である旧制第六高等学校の学生たちのたまり場となっていたが、その中のある学生が、コーヒーと金時氷を注文し、コーヒー用のフレッシュを「氷にザブザブとかけ出した」そう。当時、フレッシュは高価だったため初代店主は怒ったが、学生は「親父、これ、“ミル金”で売れ。ミルク金時は長すぎるから」と返事。結局、ミル金は今も人気の味としてメニューに残っている。それにしても、才覚あるこの学生は、その後どうなったのか、それも気になるところだ。

 このほか、ハヤシライスやオムライス、親子丼、カレーパン、たらこスパゲティ、小倉アイス、抹茶パフェなど、さまざまなメニューの元祖が紹介されている本書。また、「時代が生んだあの商品」というコーナーでは、みんながよく知っている商品の意外な裏話も。たとえば、「インスタント飲料の先駆け」といえば、「玉露園」が大正7年に開発したこんぶ茶だが、その後、時代を経て新たに生まれたのが、昭和47年に登場した「梅こんぶ茶」。この、いささかシブい飲料を若年層に浸透させるべく行ったのが、当時のアイドルを集めたイベント。その名も「ヤング歌の祭典 玉露園こんぶ茶祭」だ。商品購入者から抽選で3万人を招待したこのイベント、タイトルこそ「こんぶ茶祭」とアイドル感は皆無だが、郷ひろみに西城秀樹、にしきのあきら、野口五郎、フォーリーブス、藤圭子、麻丘めぐみ、青い三角定規……と錚々たる顔ぶれで、現代に置き換えればAKB48に嵐、ももクロ、いきものがかりなどが勢揃いしたようなもの。ここはぜひ、こんぶ茶祭の復活を期待したくなるものだ。

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