手塚治虫没後も『鉄腕アトム』が続いたワケ

ダ・ヴィンチニュース / 2014年2月19日 12時0分

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『手塚治虫キャラクター図鑑〈1〉「鉄腕アトム」とロボット・変身ヒーロー編』(池田啓晶/朝日新聞社)

 日本のマンガがこれほどまで発展したのは、マンガ家が生み出すキャラクターの魅力があったからだ。マンガ好きがマンガのことを語り合う時だって、半分以上の時間は主人公やライバルがどうなのか、ってことに費やされているはず。

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 『ダ・ヴィンチ』3月号では総勢3000人以上の声を集めてあらゆる角度から「マンガヒーロー&ヒロインランキング」を実施。その特集の中でマンガ研究家の中野晴行が日本のマンガ史をキャラクターを中心にふりかえっている。

 マンガのキャラクターが重要な役割を果たすようになったのは、少年週刊誌の登場が契機になっている。毎週読者の心をつかむには、キャラクターをしっかり設定して、人気を取る必要があったのだ。さらに、マンガを原作にしたテレビアニメが誕生すると、いよいよキャラクターの役目は重要になった。

 テレビアニメの『鉄腕アトム』は、手塚治虫が描いた原作のストックがなくなってからも、虫プロの文芸部の作家たちが新しいストーリーをつくって製作を続けた。主人公のアトムの存在があったからだ。

 この雑誌連載からアニメ化という仕組みの中で、最も成功した作品が藤子不二雄(当時)の『オバケのQ太郎』だった。この流れは、藤子・F・不二雄の国民的キャラクター『ドラえもん』にまで続いていく。

 70年前後、マンガの読者が高校生や大学生にまで広がると、キャラクターには人間的な深みが求められるようになる。その中で人気を集めたのが梶原一騎原作の『巨人の星』(川崎のぼる/画)や『あしたのジョー』(高森朝雄名義/ちばてつや/画)だった。同じ頃、青年コミック誌には、さいとう・たかをの『ゴルゴ13』のようなピカレスク・ヒーローが生まれた。この時代の変化がなければ、『闇金ウシジマくん』のようなダーク・ヒーローは生まれなかったかも。

 80年代になって、マンガの読者がサラリーマンやOLにまで広がると会社員や芸能人のヒーローも登場する。弘兼憲史の『課長島耕作』はまさにサラリーマンのためのヒーローの誕生だった。一方で、次々に子ども向けの斬新なヒーローを生み出していったのが『週刊少年ジャンプ』だ。ゆでたまごの『キン肉マン』や武論尊・原哲夫『北斗の拳』など数多くのヒーロー、人気キャラクターが生まれた。これらの作品からは敵キャラにも数多くの人気者が生まれたのが特徴。魅力的な敵キャラがファンの心をつかむようになったのだ。

 1984年にはジャンプ史上最大の人気キャラクターマンガになる鳥山明の『DRAGONBALL』が登場。アニメだけでなくゲームにもなり、ブームは10年以上続いた。今でもジャンプでは『ONE PIECE』や『NARUTO』などに、この王道が受け継がれている。

 マンガはとにかく、キャラクターが第一だ。だからこそ、マンガ家も編集者も日夜キャラ作りに頭を悩ましているのだ。


構成・文=中野晴行/ダ・ヴィンチ3月号「マンガヒーロー&ヒロインランキング」特集

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