綿矢りさが描く未来の大震災 再び大地震に遭ったら、あなたはどう行動しますか?

ダ・ヴィンチニュース / 2014年3月15日 9時20分

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『大地のゲーム』(綿矢りさ/新潮社)

 根を下ろして生活していたはずの大地が揺れ、大切にしてきたものをすべて失ったとしても、私はこの地を離れられないだろう。過去への未練か執着か。そう言われてしまえばおしまいだが、その土地はもはや自分自身だから、きっと何が起きようと、私は自分の居場所を恨むことはできない。かといって何ができるわけでもなく、膝を抱えて部屋の隅で、頬を涙でぬらしながら日々を過ごすのだろうか。しかし、そのまま根を腐らせて枯れていくわけにもいかない。もし、再び、3.11以上の大地震が起きるとしたら、あなたはどう行動するだろう。

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 綿矢りさ氏著『大地のゲーム』(新潮社)は、震災の記憶も薄らいだ21世紀終盤、2度の大地震がおこるという物語だ。3.11を彷彿とさせられる生々しい描写に息が詰まるが、こんな未来が近々来てもおかしくはない。大切なのは、いかに生きるか、どう生き延びるかなのだろう。

 舞台は、原発はすでになく、煌々たるネオンやライトなど誰も見たことのない未来の日本。巨大地震の後、すぐに来るといわれている第二の激震におびえながら、主人公の「私」は、「私の男」とともに大学キャンパスで暮らしている。学生たちは、不安な日々を乗り越えるため、カリスマ的存在である「リーダー」に未来への希望をつなぎ、彼の結成する「反宇宙派」の一員として活動を助けていく。極限におかれた人間の生きる支えとなるのは一体何なのだろうか。

 綿矢りさ氏の描く21世紀終盤、人類は自然の脅威におびやかされつつも、ふてぶてしく生きようとしている。気候も変わり、都心でも雪がうずたかく積もっている。平均寿命もわずか60歳。このような時代状況の中で、夏に起きた地震のため一時的に帰宅できなくなった学生達は、混乱が収まった後も、なぜか学校に居座り続けている。地震は、学校や政府に対する信頼をも瓦解させ、大学は新たな耐震工事をするだけの、政府は次に来る大地震の警報を発するだけの機関に成り下がっている。学生だけが無秩序に暮らす世界の中で、重要な役割を果たすのが「リーダー」だ。だが、「リーダー」に恋焦がれながらも、次第に政治性を帯びていく彼の活動に主人公は違和感を覚えていく。

 リンチ事件やいじめ、ドラッグが横行する極限状態の中で、結局信じられるのは自分自身だけなのだろうか。この物語の登場人物たちは皆名前を持たない。名前があるのは、リンチ事件で亡くなった「ニムラ」と主人公の恋敵でいじめられっこの「マリ」だけだ。他を侮り、自分自身の存在を頼りに主人公は生きようと試みている。

「強烈な罪悪感を身体の裏で感じながらも、私達は生きのびたことを誇っていた。消えた街の明かりの分、私たちは自分達が強烈な光源だと強く意識していた。」

「信じられない、受けとめがたい辛いことは、生きているうちに何度か起こるよ。でも起こっちゃったあと、どれだけ元の自分を保てるかで、初めてその人間の本当の資質が見えてくるんじゃないの。」

 主人公は大学の14号館で大勢の学生とともに暮らしているが、他の学部生も住む号館や所属学部によって微妙に個性が違って見える。綿矢りさ氏の母校・早稲田大学の風景と思わず照らし合わせて読んでしまう。命とは何か。生きるとは何か。震災から3年が経った今、読んでおきたい作品だ。

文=アサトーミナミ

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