「俺のやる事に意味なんかあるわけないだろ!」 タモリ本出版ラッシュから考察する森田一義論

ダ・ヴィンチニュース / 2014年3月30日 9時20分

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『別冊サイゾー「いいとも!」論』(サイゾー編集部/サイゾー)

 32年間放送されてきた『森田一義アワー 笑っていいとも!』の終了を受け、司会を務めていたタモリに関する本やムックなどが続々とリリースされている。昨年は『タモリ論』(樋口毅宏/新潮社)がベストセラーとなったが、ここ最近出版されたものは以下の通りだ(編集部調べ)。
 
『ケトルVol.16』(太田出版)
『タモリ:芸能史上、永遠に謎の人物』(河出書房新社)
『タモリ読本』(洋泉社)
『タモリ学 タモリにとって「タモリ」とは何か?』(戸部田誠/イースト・プレス)
『僕たちのタモリ的人生論―人生に大切なことを教えてくれたタモリの言葉』(『僕たちのタモリ的人生論』編集委員会/泰文堂)
『タモリさんの成功術』(内藤誼人/廣済堂出版)
『タモリさんに学ぶ話が途切れない雑談の技術』(難波義行/こう書房)
『別冊サイゾー「いいとも!」論』(サイゾー編集部/サイゾー)
『タモリめし』(大場聖史:著、田村ゆうじ:イラスト、渋谷岳之:写真/マガジン・マガジン)
『タモリ伝 森田一義も知らない「何者にもなりたくなかった男」タモリの実像』(片田直久/コアマガジン)

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 タモリに関係する人へのインタビューや各界の著名人による原稿、過去のエッセイの再録、そして膨大な資料からの考察など、今のタモリから1982年10月4日に始まった『笑っていいとも!』以前の「密室芸人」であった時代、さらには素人時代や幼少期にまで遡って語られるエピソードなども充実している。

 博多のホテルで宴会をしていた、ジャズミュージシャンの山下洋輔らの部屋へ歌いながら乱入したことがタモリが世に出るきっかけとなったことは有名な話だ。籐製のゴミ箱をかぶって虚無僧をやってふざけていた中村誠一からそれを取り上げ、2人でメチャクチャなハングル語の応酬をしたり踊ったりなどして、誰だかわからないまま場を盛り上げ、明け方に「失礼しました」と言って帰ろうする際に名前を聞かれ「森田と申します」と言って去っていったというタモリ。その顛末を、当人である山下洋輔が『タモリ:芸能史上、永遠に謎の人物』で語っている。さらにそのエピソードの翌日から、タモリの申し出で3日間一緒にタモリの運転する車で九州のライブツアーを周り、毎晩どんちゃん騒ぎをしたという話を『タモリ読本』で中村誠一本人が語っている。

 そして『笑っていいとも!』で有名な新宿のスタジオアルタの先、今はなき新宿コマ劇場の裏にあった「ジャックの豆の木」というバーで繰り広げられたタモリ独演会については、多くの人が語っている。その場で「宇宙船の中で空気漏れに苦しんでいる大河内傳次郎が韓国語でしゃべる」「中国版ターザン」などのお題が出され、それをすぐさま見せていたというタモリは、四カ国語麻雀やイグアナの形態模写、寺山修司のモノマネもここで披露している。危険極まりないネタを繰り出していた当時のタモリは、漫画家の赤塚不二夫とのSMショーなども繰り広げ、ラジオやテレビではとてもできないことをやっていたのだ。しかしそのテレビでは、往年の歌番組『ザ・ベストテン』でサザンオールスターズの桑田佳祐からマイクを奪い、メチャクチャな歌詞で『勝手にシンドバッド』を歌いながら服を脱ぎ、最後にはブルマ姿になってハナモゲラ語でまくしたてる、なんてこともやってのけている。有吉弘行に「昼メガネ」とあだ名され、お昼の顔であった温厚で紳士的なタモリ。しかしその裏には、こうした恐ろしいほどの狂気が隠されていることを現在30歳前後よりも若い人たちは知らないだろう。

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