御曹司との道ならぬ恋、息子との死別…、朝ドラ『アンと花子』の主人公・村岡花子ってどんな人?

ダ・ヴィンチニュース / 2014年5月13日 18時20分

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『アンのゆりかご 村岡花子の生涯』(村岡恵理/新潮社)

 「明日がまだ何ひとつ失敗をしない新しい日だと思うと、うれしくない?」

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 『赤毛のアン』を開くと、明日を前向きに生きられるようなフレーズがいくつも踊っている。そして、不思議なことに、その言葉ひとつひとつが、この作品の翻訳に携わった村岡花子の人生と重なりあっているのだ。2014年度前期の朝ドラ『花子とアン』で描かれている村岡花子とは一体どのような人生を送った人物なのだろうか。朝ドラの原案となった『アンのゆりかご―村岡花子の生涯』は、花子の孫にあたる村岡恵理氏によって書かれた評伝だという。「朝ドラの続きが気になる」というミーハーな者もそうでない者も、この本を読めば、村岡花子のアクティブさに思わず魅了されることだろう。

 「多くの人に明日への希望がわく物語を届けたい」。村岡花子といえば、『赤毛のアン』の翻訳家として名高く、空襲のときは風呂敷にその原書と原稿を包んで逃げたというエピソードをご存知の方も多いだろう。だが、花子が成し遂げたのは、『赤毛のアン』の翻訳という仕事だけに留まらない。好奇心旺盛で何にでも興味を持ち、あらゆることにチャレンジし続けた花子は、当時は珍しかった職業婦人として大活躍していた。翻訳家、歌人、英語講師、編集者、童話作家、ラジオパーソナリティ。さまざまな顔を持つ花子の多才さやパワフルさには、作品を読んでいて圧倒されるものがある。

 『赤毛のアン』の主人公・アンは、想像力豊かで本好きな天真爛漫な少女だが、この作品を読んでいると、村岡花子もアンと似たような女性だったことが伺い知れる。花子は貧しい生まれだったが、10歳の時、東洋英和女学校に寄宿生として入学。孤児院での奉仕活動が義務付けられ、成績が悪いと即退学という給費生だったが、猛勉強の甲斐があり、花子の英語の成績は常にトップで、書籍室にあった本を読み尽くす勢いで毎日洋書を読みふけっていたという。友人の薦めで佐佐木信綱に歌を習い、歌の世界や近代文学に触れながらも、卒業後は、英語教師として活動。その中で年ごろの少女たちにふさわしい読み物が少ないことを痛感していた花子は、その後、築地の基督教興文協会で、主に子ども向けの読みものの翻訳・編集に携わった。彼女の人生には、いつでも本があった。そして、花子の明るさが多くの人を惹き付け、彼女にたくさんのチャンスを与えてくれたのである。

 病床に伏した妻を持つ福音印刷の御曹司・村岡敬三との出会い。道ならぬ恋。結婚。長男の道雄の誕生と死。震災と会社の倒産。第二次世界大戦の勃発…。決して明るいとはいえない時代をたくましく生き延びた村岡花子の人生には、誰もが憧れを抱くことだろう。どんな時代も行動力、想像力を大切に力強く生きたい。そんな気分にさせられるこの評伝は今を生きるすべての人に読んでほしい作品だ。

 さあ、この本を片手に「朝ドラ」を楽しもう!

 それでは、ごきげんよう。さようなら。

文=アサトーミナミ

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