あのガリレオ、メンデルも不正を!? STAP問題は繰り返されてきた科学の「罪」のひとつに過ぎない

ダ・ヴィンチニュース / 2014年7月17日 11時30分

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『背信の科学者たち 論文捏造、データ改ざんはなぜ繰り返されるのか』(ウイリアム・ブロード、ニコラス・ウェイド:著、牧野賢治:訳/講談社)

 ここ半年ほどSTAP問題が世間を騒がせた。論文に掲載された画像にねつ造が疑われること、小保方氏の博士論文に盗用があったこと、実験に使われたマウスが異なるものであったこと……次から次へと問題が指摘され、STAP細胞はあるのか、という夢のある話からすっかり科学スキャンダルへと問題は拡大してしまった。

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 実は、STAP問題は歴史的に繰り返されてきた科学の「罪」の最新事例に過ぎないということが見えて来るのが、本書『背信の科学者たち 論文捏造、データ改ざんはなぜ繰り返されるのか』(ウイリアム・ブロード、ニコラス・ウェイド:著、牧野賢治:訳/講談社)だ。ピューリッツァー賞を2度受賞したジャーナリストと、科学誌『サイエンス』『ネイチャー』の記者による共著で、古今東西の研究不正の事例を丹念に追ったものだ。長らく絶版となっていたが、STAP問題に注目が集まったことで、識者からも再版を求める声が多く寄せられ、解説などが加えられた形で再び手に入れられることになった。

 科学において研究不正はその「始祖」に遡るところから見出すことができると本書はいう。そこで挙げられる名前は、プトレマイオス・ガリレオ・ニュートン・メンデルなど、私たちの教科書にも必ず取り上げられる偉人達のそれが並ぶ。たとえばガリレオの実験の多くは、他の科学者が再現することはできず、信頼性に疑いがあるという。メンデルがエンドウを用いて行った遺伝子発見に繋がる実験は、統計的に問題があるものだ。彼らは、その優れた「想像力」から生まれた「仮説」を裏支えする実験結果を取捨選択し、場合によっては先人の実績から「拝借」したりもしていたのだ。

 科学が未発達で、倫理意識が確立していなかったから起こったこと――と片付けることはできない。ピア・レビュー、審査制度、追試といった制度が確立した現代でも、常に他を上回る実績を出さなければ身分が保障されない研究者たちは、偉大な先人達と同じ「背信」を犯す誘惑に常にさらされている(そして、一旦高い地位を手に入れれば多少の不正が明らかになってもなかなかその地位を追われることはない)と本書は多くの事例を丹念に追いながら指摘する。中には今回の問題をそっくりなぞったような事件(キナ―ド・カスケード捏造)もそこには含まれている。

 論文の「数」が評価の指標となってしまっている現代において、粗製濫造もされるそれらの中から不正を発見するのは至難の業なのだ。華々しく報道されたSTAP問題であったからこそ、これだけ多くの人が関連する資料にあたり、不正あるいは疑わしい事例が次々と明らかになったが、まだ日の目を見ていない第二第三の背信が必ず身を潜めているはずだ。

 白衣(ときにはそれは割烹着にもなる)を着て、研究室に籠もり、研究機材に囲まれて黙々と実験を続ける――科学の世界は一見、一般社会に生きる私たちの生活とはかけ離れたもののように感じられるかも知れない。しかし、本書が指摘するように、私たちの知的活動と科学者のそれに本質的な違いはないのだ。ルールや規範が存在し、しかし同時に不正への誘惑とは無縁ではいられない極めて人間臭い世界。「欺瞞は科学そのものの中に存在する」という本書の指摘はSTAP問題を受けてますます重い。

文=まつもとあつし

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