中毒者続出!? どこまでもビターな、傷ついた大人同士の切ない恋物語『うきわ』

ダ・ヴィンチニュース / 2014年9月20日 5時50分

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『うきわ』(野村宗弘/小学館)

 溺れるものは藁をも掴む、という言葉があります。危急の時、人はまったく頼りにならないものですらすがりつく。そんな諺です。故事に由来するそうですが、人間の脆さをついた鋭い表現だなぁと思います。

【画像あり】 『うきわ』の中面をチェック

 藁にすがるのはなんだか愚かしくもありますが、当人にとってそれは唯一の浮き輪です。手を差し伸ばさずにはいられないのも無理はありません。さて、『うきわ』(野村宗弘/小学館)はタイトルのそのままに、そんな“うきわ”のお話なのです。

 舞台はとある社宅マンション。203号室に住む麻衣子とその隣205号室に住む二葉さんの物語です。それぞれ夫の、妻の浮気を抱え込み、素知らぬふり。2人は辛いけれども言い出せません。日常が壊れるという恐怖から、言い出せるわけもないのです。麻衣子も努めて平静を装っていましたが、心は正直でした。ボロボロになった心が助けを求めるように、彼女はふと、夫の上司でもある二葉さんと言葉を交わすようになっていきました。

 ある日はベランダの薄い非常用の壁越しに、ある日はゴミ出しの日に。ポツリポツリと、つかず離れず、2人は言葉を交わすのです。
「これは浮気じゃない」
そう言い聞かせながら相手の心に触れ合うにつれ、2人はお互いがお互いにとっての頼り、“うきわ”だと感じ始めるのでした…。

 いやはや、実にアダルトな作品であります。静かで少し湿り気をおびた温もりが本作の最大の魅力でしょう。哀しくも優しい2人の交流には、悲恋の代名詞・溝口健二監督の映画『近松物語』にも通ずるような、なんとも言えない情緒が漂っています。

 著者の代表作『とろける鉄工所』では、“いつもどおりの事がいつもどおり過ぎていく”という日常が描かれていましたが、本作でチラつくのは“いつも通りじゃなくなる”という危うさです。シンプルな絵と口数の少ない人物が織りなす、上品で切ない色気はまるで純文学です。

 情感たっぷりのオトナの漫画。どこまでもビターですが、クセになる方が続出するのも納得です。

文=すぎやまなつき

ダ・ヴィンチニュース

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