【なぜ人はアイドルに熱狂するのか?】切っても切れないアイドルと「経済」関係

ダ・ヴィンチニュース / 2014年11月12日 12時40分

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『アイドル国富論 聖子・明菜の時代からAKB・ももクロ時代までを解く』(境 真良/東洋経済新報社)

 個人的な話で恐縮だが、筆者はアイドルに熱狂したことがこれまでない。松田聖子、おニャン子クラブからSPEED、AKB48と振り返ると様々なアイドルにメディアを通じて触れる機会はあった。だが、誰か、あるいは特定のグループのファンになったことは一度もないのだ。

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 一方で、いつの時代にもアイドルを追いかけ、時間とお金を投資しながら、一生懸命声援を送る人たちがいる。あなたはどちら側の人間だろうか? これが信仰ならば(アイドルをキリストに喩えた社会学者もいるが)、様々な説明がなされてきた。しかし、熱狂しない側、熱狂する側いずれに尋ねても、「関心がない」「好きだから好き」以外の明確な答えがなかなか返ってこないのが、アイドルという存在の不思議なところなのだ。

 ところが、ここに「経済」という意外な切り口を持ち込んで、1つの答えを出した人がいる。国際大学GLOCOM客員研究員で、経産省で分析官を務める境真良氏だ。境氏は、著書『アイドル国富論』(東洋経済新報社)で、日本の経済環境と、それが生む時代背景、そして雇用や報酬が生み出す社会階層が、それぞれの「時代が求めるアイドル」を生み出してきたのだ、と喝破している。

 キーワードは「ヘタレ」と「マッチョ」。高度経済成長期からバブル崩壊、20年にもわたる停滞期を経て、日本人の精神構造はこの2つの「気分」の間を行き来してきた。例えば、バブル期は、経済的繁栄を誰もが謳歌し、それを誇示しなければならない、という気分(これを境氏は「なんちゃってマッチョ」と呼ぶ)があり、その気分(ホンモノ志向)に応じて「ヘタレ」の精神的サポートが詰め込まれた「アイドル」は勢いが無くなり(例えば、おニャン子クラブのあっという間の解散がそれだという)、その後バブル崩壊に呼応して、アイドルへの需要が再び高まるという具合だ。

 そして、小泉構造改革を契機に、「一億総中流」から社会の階層化は進み「ヘタレ」と「マッチョ」の分断は深くなっていく。実力主義の時代を生き残れる「グローバルマッチョ」と、雇用の流動化の名の下に、中流階級からも振り落とされそうになった「ヘタレ」は、それでも頑張って生きていく、誰かを応援したい、応援されたいという欲求を満たすべく、たくましく「ヘタレマッチョ」へと進化した、と氏。

 本書の帯には、東浩紀氏が「アイドルがいまなぜ支持されるのか、ようやくわかった」という推薦の言葉を寄せているが、確かに経済を軸にアイドル史を振り返ると、腑に落ちる点は多い。グローバルマッチョにはほど遠い筆者の場合、「精神的サポート」はおそらくアイドル以外の何かにあるのだろう。境氏特有の圧縮された表現でやや難解な部分もあるが、一冊で、日本における経済、文化、産業の現代史が、アイドルという身近な対象物を介して俯瞰できるお得な本でもある。

 まだまだ先の見えない時代が続く。アイドルファンもそうでない人も、本書を読んで自分と社会の位置づけを確認してみるのは有意義な知的探求にもなるはずだ。

文=まつもとあつし

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