多感な少年が砂海の上で感情を排しながら記録を書き綴る本格ファンタジー『クジラの子らは砂上に歌う』

ダ・ヴィンチニュース / 2014年12月1日 12時20分

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『クジラの子らは砂上に歌う』(梅田阿比/秋田書店)

 文章には“叙情”と“叙事”があり、叙情は感情的に記したもの、叙事は事実を客観的に記したものです。たとえば、記録などは、誰もがそこにある情報を共有できるよう、努めて叙事的に書くことが求められます。しかし、記録者も人間。人間ならば有する感情を排除し、または抑えつつ純粋な事実のみを綴るのは、なかなか困難な行為です。

【画像あり】『クジラの子らは砂上に歌う』中面をチェック

 さて、『クジラの子らは砂上に歌う』(梅田阿比/秋田書店)は、ある記録者と感情にまつわる、壮大なファンタジー物語。舞台は一面砂に覆われた、生物色の乏しい世界。地平線いっぱいに広がる砂の海に飲み込まれると、二度と浮き上がってはこられない。その果てない海を漂流するのは、ひとつの超巨大な漂泊船。名前は「泥クジラ」。船上には513の住人たち。主人公のチャクロは、この中のひとりです。

 多感な14歳の少年・チャクロは、祖父曰く“ハイパーグラフィア”(過書の病)。「常に記録をしたい」という衝動が抑えられない彼は、記録係としての役目に喜びを感じています。ときには、筆についつい感情がのってしまうこともありますが、そのときは叙事的に、と自らを抑えながら。

 本作は、画力もさることながら、設定と世界観の作り込みがすごい。海を航行する泥クジラの仕組み、町というには小規模なそこで生活する513人の集団心理、集団間でのパワーバランス、おおよその住人が使えるテレキネシスのような不思議な力“サイミア”(情念動)の存在と制約。ここに、若者が普遍に持つ好奇心や冒険心、焦燥感、正義感などがからまって、壮大で独特なハイ・ファンタジーが力強く展開されていきます。

 記録係ながら感情豊かなチャクロと、ある理由により感情を排した少女の出会いから、「若者と感情」がテーマの中軸にスライドしていく中盤あたりから、展開は戦乱を予感させ、次第にスリリングに。本格ファンタジーに飢えている人におすすめしたい1冊です。

文=ルートつつみ

ダ・ヴィンチニュース

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