動物の死骸を集めるのが趣味の女教師・暁の静かなドラマ『あかつきの教室』

ダ・ヴィンチニュース / 2014年12月2日 11時40分

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『あかつきの教室』(板倉梓/芳文社)

 まあまんざら分からぬでもないが、一時期、くったりとクタバッタ方の「美麗死体写真集」なんてのが刊行されたりし、青年少女たちのあいだで「癒やしグッズ」として愛用されるに及んだ。エロチックともいえる肢体を、大地や死の床にひっそりと横たえたそれらの死体たちは、見るものを死の方向に誘うというより、なぜか「お前はお前のままでいい」と慰撫する力に確かに満ちていた。

【画像あり】『あかつきの教室』中面をチェック

 これとよく似た傾向に今も根強い「廃墟ファン」なるものもある。朽ち果てた建造物の写真集をひろげたり、けたたましい場合は閉館した遊園地などへみずからおもむいて、立ち入り禁止のエリアに足を踏み入れては、妙なる喜びにときめくのである。

 これまた理解できないわけではない。

 廃墟は建物の死体だからだ。

 朽ち果てたものたちにもう時間は流れない。すべてが終わっている。軋轢の多い日常や、煩悶する心や、脅威を与える他人の存在や、なにもかにもが無になった骸には平安への一つの道がある。終わっていることの安心感がある。それ以上どこへも行かなくていいし、なにも感じなくていいのだ。なんて素敵な身の上であることか。

 『あかつきの教室』(板倉梓/芳文社)のヒロイン・暁千夜子も動物の死体を集めて剥製にし理科教室にずらりと並べるのが趣味の中学教師だ。その趣味のなぞは最後にいたって解けるが、それはさておき、海辺の学校に赴任してきた彼女は、この町の「なにもないところ」が好きなのだ。何年たっても変わることのないこの町のたたずまいが好きなのだ。

 ドラマは、彼女が出会う生徒たちや同僚の先生たちとの日々の中にあるにせよ、もう推測できたと思うが、いわゆる学園ものがしばしばそうであるような、青春謳歌とラブコメメインのストーリーにあるのではない。

 どこにあるかというなら、彼女の出会う町の人々や生徒たちが、みな一様に欠落を抱えている点にある。そうして、欠落は欠落のまま、そこからの回復が描かれる。だから切ない。

 実は千夜子自身も大きな欠落を身のうちにもっており、全編を通してゆっくりと溶けていくさまが美しい。

 もうひとつ素晴らしいのは、それらの欠落が決して言葉で語られないことだ。読み手は想像力を使って、本当のドラマがどんなふうに流れているのか見て取る必要がある。語られないから画面はひっそりと静かだ。日本海の荒い波の音だけが背後をとどろいている。

 『あかつきの教室』は久しぶりに読んだ私好みの情感豊かなコミックだった。

文=岡野宏文

ダ・ヴィンチニュース

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