ブッカー賞作家が書いた「フィリップ・マーロウ」シリーズ『黒い瞳のブロンド』

ダ・ヴィンチニュース / 2014年12月5日 12時0分

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『黒い瞳のブロンド』(ベンジャミン・ブラック:著、小鷹信光:訳/早川書房)

 村上春樹が新訳に挑戦し、新たな息吹を吹き込まれて話題となったレイモンド・チャンドラーの「私立探偵フィリップ・マーロウ」シリーズ。年末には村上訳で『高い窓』の刊行も予定されている。

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 この私立探偵小説の里程標というべきシリーズの“最新作”『黒い瞳のブロンド』(早川書房)が発売された。チャンドラーがこの世を去ってから55年、今回“新作”を手掛けたのはアイルランドの作家・ベンジャミン・ブラックである。ブラックはブッカー賞作家であるジョン・バンヴィルがミステリ小説を書く際の別名義だ。バンヴィルはこれまで『ダブリンで死んだ娘』(ランダムハウス講談社文庫)、『溺れる白鳥』(RHブックス・プラス文庫)が2冊のミステリ小説が邦訳されている。

 夏のある火曜日の午後、フィリップ・マーロウの事務所をひとりの女が訪ねる。 女の名はクレア・キャヴェンディッシュ。ブロンドの髪に黒い瞳という、珍しい取り合わせの容姿を持つ女性だった。クレアは有名な香水会社の一族だという。

 クレアの依頼は、かつての愛人だったニコ・ピーターソンという男を探すことだった。調査を引き受けたマーロウだったが、彼はクレアがニコの身に起こったことをすでに知っており、何か別の目的があってマーロウに依頼を持ち込んだのではないか、ということに気付く。謎の美女に惹かれつつも、マーロウは真相を掴むために調査を続ける。

 単純な人捜しに幾つもの人物関係が複雑に絡み合い、五里霧中でマーロウは事件を追うことになる。その過程で繰り広げられるのは、完璧なるチャンドラーの小説世界の再現だ。

 例えばマーロウのこんなセリフ。

「トラブルは私のミドル・ネームさ」

「直感に従って行動していただけだ。直感とは何か覚えているか、バーニー? 一般の人間の行動の大半を導いてくれるのがそれだ。四半世紀も警察勤めをしたりはしていない普通の人間のな」

 このようなマーロウのお得意の減らず口と、諧謔的な言い回しの数々がふんだんに盛り込まれている。文体だけでなく、退廃した上流階級の面々やマーロウに突っかかる小悪党などなど、登場人物たちもいかにも“チャンドラーらしさ”に溢れた者たちばかり。チャンドラーに親しんだ読者ならば、酔いしれること必至の風景がこの小説には満載なのだ。

 もちろん本書は独立した小説として楽しめるが、チャンドラー未体験の方はできれば村上春樹訳の『ロング・グッドバイ』(早川書房)を読んでおくと良いだろう。

 理由は2つあり、ひとつは本作の時間軸が『ロング~』の後であると設定されており、作中『ロング』に登場した人物などへの言及も多いこと。

 もうひとつは本書の翻訳者・小鷹信光が、意図的に村上春樹文体への模写に挑戦していることだ。ブラック=バンヴィルのチャンドラー文体の模倣を、村上文体の模倣で翻訳する、という小鷹のこだわりを楽しむ意味でも、ぜひ村上版『ロング・グッドバイ』に一度目を通してから、『黒い瞳のブロンド』に取りかかっていただきたい。

文=若林 踏

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