純国産ウィスキーを生み出した竹鶴政孝の半生記

ダ・ヴィンチニュース / 2014年12月15日 12時10分

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『ヒゲのウヰスキー誕生す』(川又一英/新潮社)

 私は下戸である。お酒がテンから駄目というあれである。少しくらいなら舐めもするが、あおったりしようものなら即刻討ち死にのていたらくとなる。「ゲコ」という音の響きもどことなく蓮っ葉で、屈辱的な気分がしないでもない。せめて「ケッコー」くらいにならないものか。

【画像あり】『ヒゲのウヰスキー誕生す』中面をチェック

「一杯どうかね」
「いえ、わたくしはケッコーです」
なかなか乙である。

 下戸の反対は上戸だ。こちらはただお酒が好きというより、たんまりと飲む傾きを感じさせる。「泣き上戸」「笑い上戸」とくればすでに酩酊のフィールドに攻め入って、八面六臂の活躍に溺れている姿を想像させ、「俺の酒が飲めねえか」的な佇まいすら目に浮かぶから剣呑だ。

 ところで、上戸の飲んでいるお酒が日本酒だとわたしはつい連想してしまう。バーボンを飲んで電柱にのぼったりするのはちょっと違う気がするのだ。ブランデーをしこたま喰らって薬局の前のサトちゃんを抱えて家へ帰るのもタンマである。唯一ウイスキーだけは暴れるのが許されよう。むろん偏見である。

 竹鶴政孝は、1日にウイスキー1本を開けていたという。それで乱れたか否かは定かではないが、上戸を超えてこれは立派な酒豪となるだろう。

 竹鶴とは誰か。

 本書の主人公にしてニッカウヰスキーの創始者たる、お酒のみにとって感謝この上もない人物なのである。「ウイスキーの父」と呼ばれることもある。

 1910年代~20年代のウイスキーは、アルコールに混ぜ物をしただけの、洋酒であって洋酒でない、まがい物の飲み物であった。造り酒屋の子に生まれた竹鶴がウィスキーに魅せられ、純国産の本格品を生み出そうと孤軍奮闘したさまを描いたのが本書『ヒゲのウヰスキー誕生す』である。なお、「ヒゲのウヰスキー」の「ヒゲ」はニッカのボトルにあしらわれた男性がヒゲを生やしていること、「ウヰスキー」はニッカ独特の表記を現している。

 純国産ウィスキーを作るため、本場の醸造法を学ぼうと、スコットランドに留学した竹鶴は、アルバイトあるいは短期の見習い職工となり、詳細なメモを取りつつ、つぶさに製造法を学ぶ。

 いまウイスキーといえばサントリーの名前が真っ先に浮かぶが、ニッカの誕生にこれほどのプロセスがあったことを初めて知った。ニッカが国産ウイスキーの嚆矢であったことも。

 強い情熱があれば事は成る、という実感を与えてくれる1冊ではある。

文=

ダ・ヴィンチニュース

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