福島原発で働く作業員の日常をリアルで緻密な線で描くルポコミック『いちえふ』

ダ・ヴィンチニュース / 2014年12月26日 12時30分

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『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記』(竜田 一人/講談社)

 3.11の東日本大震災。あれ以上テレビが伝えた衝撃的な映像はないだろう。

【画像あり】『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記』中面をチェック


 どこが道でどこが家屋だったか見分けがつかぬほど、徹底的に破壊された町の風景。恐ろしいうなりですべてを飲み込んでいった津波の力。モニタの前で魂が縮み上がる思いだった。

 しかし片方で、メディアへの不信も残った。亡くなった方、つまりご遺体が一度も映像にあらわれなかったからだ(多分)。まるであの震災の犠牲者は倒壊した建物と、荒廃したがれきの山であるかのように多くの人には印象づけられたのではないだろうか。もちろん最大の犠牲者は本望ではない死を遂げられた方々である。そのもっとも人間的な真実がメディアの報道の中から閉め出されていた。

 震災がきっかけで起きたもうひとつの惨事がある。なかば人災ともいえるかも知れない、福島第一原子力発電所のメルトダウンだ。もしかすれば、福島県全体が、あるいは最悪日本全土が汚染されていたかも知れないこの事故でも、とめどもなく威力をにじみ出させてくる放射能の怖さばかり報じられるなか、どうしても気になってしかたのない一点があった。あの、現場で手作業で復炉あるいは廃炉(自民党が勝ったので復炉に向かうのだろうか)の労働に従事する人たちの具体的な顔だ。誰があれをやっているのだろう。高い放射能線量のエリアに深く入り込み危険な作業を引き受けたことを思うとき、放射能というもっとも危ない環境において地道に動かされているのはどんな手なのだろう。

 その疑問の多くに答えてくれるのがこのルポコミックだ。

 なによりも果敢なのは、政治的、社会的メッセージがみじんもないことである。「福島の隠された真実」などいっさいない。ただ、現場での具体的な手続きや作業員同士のやりとりが、淡々ともいえる表現でリアルに描きとめられている。半径数メートルの伸ばせば手の届く世界のことしか描かれておらず、それが逆に生々しい「声」となって読み手に届く。だからこれは「労働記」なのだ。

 「いちえふ」というのは「1F」、福島第一原子力発電所をさす。

 まず原発敷地内に入る前に、「Jヴィレッジ」と呼ばれる元サッカー合宿所の建物に入り、靴下、マスク、手袋などを装備、いまは無人となった田園風景のなかを走って、やっと敷地エリアに到着、免震棟で防護服に着替え、放射能測定器をもらい、原子炉へ作業に向かう。

 実際に半年発電所で働いた著者の手によって描かれた建屋の外貌や、身にまとう数々の品は、細部まで緻密かつ正確なだけに、原発事故の大きさを訴えかけてくる。

 いわゆる吹き出しの形での「セリフ」のほかに、四角い罫に囲まれた「解説」のような文章が多用されているが、それを読んでいると原発作業へのマニュアルというか、手引きのように思えてくるから、それも味がある。どんな表現にもユーモア、つまり自分を外から見て描く視点がなければ、傑作にはならないという手本かも知れない。

 また、作業員の確保・差配が孫請けのまた孫請けにまわされる実態なども活写されており、一読ウームと唸らざるを得ないのであった。

文=岡野宏文

ダ・ヴィンチニュース

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