ヤマンバ、イベサー、ガングロ…ギャル・ギャル男はどこに消えたのか? 【 「ギャル文化」と「渋谷」をめぐる歴史を紐解く】

ダ・ヴィンチニュース / 2014年12月29日 11時30分

写真

『egg』創刊号(1995年)

 2014年、ギャル系雑誌『EDGE STYLE』『egg』『BLENDA』『小悪魔ageha』『Happie nuts』が相次いで休刊し、アメリカで放送されているニュース番組「NHKワールド」でも「日本のギャル雑誌消滅」という話題が伝えられた。それを見たアメリカ人が「もう渋谷が存在する意味はないのか? 悲しすぎる」とFacebookに投稿していたので、ちょっと気になって渋谷のセンター街へ行ってみた。2011年にメインの通りが「バスケットボールストリート」に改称されたセンター街には、郊外にもあるチェーン店が多く立ち並び、あれほどたくさんの若者が集まっていた場所には、今どきな黒髪の大人しそうな少女たちが歩いていた。そして「ギャルの聖地」と呼ばれ、ギャルで溢れ返っていた「SHIBUYA 109」には、仲の良さそうな母娘が連れ立って買い物に来ている空間となっていた。

【画像あり】ギャル&渋谷関連カルチャー年表(2014年12月26日作成)


「ギャルはいなくなってしまったのか?」 そんな疑問が頭をもたげた。


 「ギャル」という言葉は「女の子」を意味する「girl」のアメリカのスラングの発音から生まれた言葉だ。日本で使われ始めたのは1970年代頃からで、当時は「ピチピチギャル」「キャンペーンギャル」など、若さ溢れるハツラツとした女性を言い表す言葉だった。ギャルの持つ意味合いが変質したのは1989年、『SPA!』で連載が始まった中尊寺ゆつこのマンガ『スイートスポット』に登場する、それまでは男性の領域であったゴルフをやったり、モツ鍋を好んで食べたりするワンレン・ボディコンのOL「オヤジギャル」(こうした女性は「イケイケギャル」とも呼ばれていた)が最初だろう。もともとの「若い女性」という意味合いを持ちながら、そこに「オヤジ化」という新しい意味が付加されたのだ。

 そして注目すべき存在は、1993年頃から出現する「コギャル」だ。当時、クラブのエントランスに立っていた黒服たちが、本来は入店できない18歳未満の女子高生たちを「高ギャル」と呼んだこと、またギャルよりも年齡が低いことから「小ギャル」と言われたことなど諸説あるが、コギャルと呼ばれた彼女たちの特徴であった、ブレザーの制服のチェック柄ミニスカートにルーズソックス、ラルフローレンの白いベストに茶髪というスタイルは1995年に一大ブームとなった。『東京ガールズコレクションの経済学』(山田桂子/中央公論新社) によると、彼女たちがお手本としたのはアメリカ西海岸のLAカジュアルやサーファー系にあったという。この後「ギャル」という呼称は、女子高生を中心とした世代を指す言葉になっていく。

ダ・ヴィンチニュース

トピックスRSS

ランキング