新じゃがの季節に食べたい! おいしい料理描写が話題の小説に学ぶ、絶品肉じゃが
楽天レシピ デイリシャス / 2024年4月15日 9時0分
おいしそうな匂いが誌面から漂ってくるような料理描写が満載で人気を集めている竹岡葉月さんの小説「石狩七穂(いしかり・ななほ)のつくりおき」シリーズ(ポプラ社刊)。
主人公・石狩七穂は、埼玉県S市で両親と三人暮らし、派遣切りに遭って現在休職中の24歳です。幼いころから共働きの両親をサポートしてきたので家事能力はバツグンですが、ルーティーンワークが苦手なせいかなかなか新しい勤め先が決まらず、今日も今日とて栄養たっぷりで手軽にできる料理づくりに精を出しています。
今回は新じゃがの季節にあわせ、芋好きの七穂による、絶品肉じゃがレシピをストーリーとともにご紹介します!
料理上手の主人公が教える、おいしい肉じゃがのつくり方
突然だが石狩七穂は肉じゃがが好きだ。
まず芋が好きだ。そして肉も好きだ。この二つが合わさって味が染み染みになる、肉じゃがとは素晴らしい料理だと思っている。
これは七穂が物心ついた時から二十四歳になった今でも変わらぬ嗜好で、「えー、肉じゃが? 炭水化物ばっかでおかずにならないじゃん」と言われようが、「あたし家庭的ですうってアピールっすかー?」と邪推されようが、弁当に夕飯の残りの肉じゃがは必ず入れたし、ライブの打ち上げや飲み会の席でだし巻きと一緒にこいつを頼まない日はなかった。まったくおいしいのに変なストーリーや属性がついて可哀想なやつだ、肉じゃが。
今日も七穂が夕食当番だったので、台所に立って家族三人分の肉じゃがを作っていた。
(……そろそろ煮えてきたかな)
落とし蓋がわりのアルミホイルを、ちょろりとめくってみる。
芋はほくほく感重視の、男爵一択。肉は日によって牛、豚、鶏と変化するが、今日はスーパーで牛の切り落としが特売だったので、これを使ってみた。大ぶりに切ったじゃがいもと、そこそこ脂身もあるお安い牛切り落とし肉が、玉ネギや白滝と一緒にぐつぐつと煮えている。七穂にとっては、多幸感で口元がゆるむ光景だ。
味付けは醬油とみりんに、酒と砂糖。なんとなくカレー粉も入れて、カレー肉じゃがにしてみた。じゃがいもも玉ネギも白滝も、煮汁の色を吸っていい感じのターメリック色になっている。あとは彩り用の絹さやをぱらりと放り込み、汁気が半分に減るまで煮込めば完成だ。
(肉じゃがは、これでよし。お父さんはこれじゃご飯が減らないって言うかもしれないから、シシャモでも焼くかな。おひたしと味噌汁がつけば、文句はないでしょ)
「七穂流・失敗しない基本の肉じゃが」
このレシピをチェック ⇒ https://recipe.rakuten.co.jp/recipe/1100040200/
肉じゃがづくりが順調に進んでいる中、かかってきた一本の電話
用がすんだアルミホイルを、鍋から菜箸でつまみあげたその時だった。
「ええっ、休職? 鬱で?」
──いったい何事だと思うだろう。
カニ歩きでリビングの方をうかがえば、七穂の母親、恵実子(えみこ)が自分のスマホを握って話し込んでいた。若い頃は原田知世に似ていたと言い張る顔を曇らせ、「そう、そうなの……」と何度も相づちを打っている。
通話が終わると、その恵実子が言った。
「大変よ七穂。たかし君が鬱で休職ですって」
へえ。たかし君が。鬱で休職。大変だね。
「……って、どこの誰よ、たかし君って」
「やだ、あなた。たかし君って言ったらたかし君よ。ほら、千登世(ちとせ)おばさんとこの」
「あー……隆司(たかし)君」
やっと思い出してきた。
「薄情ねえ。よく遊んでもらったのに」
「って言われても、最後に会ったのだいぶ前だよ」
七穂にとっては、母方のいとこだ。
イケメンでエリート街道まっしぐらだったいとこ・隆司に異変が?
フルネームは結羽木(ゆうき)隆司。確か年は、七穂の二つ上だったはずだ。
母親同士が仲のいい姉妹で、妹の千登世が名家の玉の輿にのった縁で、ご当主の別荘だか別宅だかに招かれていた時期があったのだ。息子の隆司はボストン生まれの帰国子女で、その時初めて顔を合わせた。
訪問自体は、先方の塾通いが忙しくなると同時に終了していた。以降は恵実子・千登世の母親ネットワーク経由で、やれ中学受験で私立御三家に受かっただの、大学は旧帝大だの、就職先は理系就職人気ランキング十年連続ベスト3のアウルテックだの、絵に描いたようなエリートコースをたどっているらしいのを、へーほーふーんで聞いていたぐらいだ。
「ほんとにねー、お上品で賢い子だったわよね、たかし君。お祖父様の前でショパン弾いてるとこなんて、どこの王子様かって感じだったわ。あんたも習わせたのに、すぐ辞めちゃって」
「……悪かったですね」
結羽木隆司の話になると、とばっちりでこちらにお鉢が回ってくるのが嫌なのだ。
残念ながら七穂の習い事は長続きせず、その後の進路もぱっとしないまま迷走中だ。
「それがここに来て休職なんて、千登世ちゃんも想定外でしょうね。心配だわ」
「まあね……」
「でもね、七穂。あたしはたまに忠告していたのよ。いくらたかし君が結羽木家の跡取りだからって、あんまり教育ママしてプレッシャーかけちゃ駄目よって。ねえ、言わんこっちゃない」
年の近い親戚の身に起きたことは、七穂としても同情申し上げる。ただ、そういう身内の不幸をゴシップのように訳知り顔で語る親の姿を見るのは、あまり気持ちのいいことではなかった。たぶん本人は無意識だろうとしてもだ。
ふだんは気のいいところもある母だが、自分の正義や倫理に反することには、ことさら容赦がないのが玉に瑕なのだ。
「ほらお母さん。肉じゃができたから、夕飯にするよ」
「……なによ、七穂。怒ってるの?」
想像以上にぶっきらぼうな声が出たようで、七穂はごまかすために冷蔵庫を開けた。
続きは本書でお楽しみください!
心もおなかもやさしく満たされる、おとなの夏休み物語!
求職中の七穂は、疎遠になっていた親戚の隆司が休職したと聞く。エリート街道まっしぐらのイケメンだった隆司だが、今や祖父の残した古民家に閉じこもり、盆栽いじりと居ついた猫の相手をするほかは、万年床で寝るばかりのとぼけた青年になり果てていた。抜群の家事能力を生かし隆司のお食事&見守り当番として奮闘する七穂だが、やがて彼が休職した本当の理由を知り……。シリーズ第1弾!
竹岡葉月『石狩七穂のつくりおき 猫と肉じゃが、はじめました』(ポプラ文庫ピュアフル)
https://books.rakuten.co.jp/rb/17550387/?l-id=search-c-item-text-01(https://books.rakuten.co.jp/rb/17550387/?l-id=search-c-item-text-01)
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