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「アジャイル開発」は不可能! アパレルのPLM導入が失敗する明確な理由

ダイヤモンド・チェーンストア オンライン / 2022年10月3日 20時55分

gesrey/istock

メディアの報道とは異なり、いまアパレル業界における最大の論点はPLM(Product lifecycle management)の導入である。しかし、導入支援をお願いしたい、というものでなく「導入したが止まっているのでどうにかして欲しい」である。実態を正確に表せば、「導入は終わったのに、誰も使っていないので放置されており、ミニマムのサブスクフィーだけ取られている」だ。メディアではすでに「古い話題」となっている「PLM導入」だが、このデジタル化の時代に相も変わらず、紙と鉛筆で縫製仕様書を作成し、五枚複写の専用伝票を手書きで書き、目視で違算管理をする。異業界の方からしてみれば信じがたいことかもしれないが、アパレル産業では、未だにこのようなことをやっている。本日は、PLMが巻き起こす悲劇について書いてゆきたい。

Melpomenem/istock
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パッケージ導入の手法を理解しないアジャイル導入

 システム化の世界には、「アジャイル」という言葉がある。これは、短期的な、という意味で高速でシステム導入をする手法のことだ。
 システム会社の請求は、人工 (にんく)といって「人の単価 x 人数」だから、大量の人員を投下し開発が長期化すればするほど(一般的に)請求書の金額が積み上がる。また、変化の激しい世の中だからこそ、システム導入はスピーディな方が良い。さらに、最近では「デジタル祭り」も大賑わいということで、システム会社としても1回あたりの導入金額を大きくするより、高回転をしたほうがよく、「さっさ検収したい」というのが本音なのだ。
 したがって、世の中は猫も杓子もアジャイルとなる。

 システム開発の主流は、「パッケージ」導入だ。
 「パッケージ」というのは、スーツでいえば、既製品のようなもので、修正できる範囲が決まっており、その範囲内でシステム開発ができあがる。逆に、フルオーダー型を「スクラッチ」開発という。古くはSAPOracleなど、世界的に有名なERPパッケージシステム(業務統合システム)を導入することが、企業にとっては、なんの戦略もなくあちこちにパッチワークのようにつぎはぎで導入されたシステムを一気にアップグレードするための秘策と思われてきた。

  ERPパッケージベンダーはいう。「私たちのパッケージは長い年月の中で培われたベストプラクティス(世界で最も正しいもの)だ。だから、もし、このパッケージを導入するにあたって、ギャップがあれば、それはあなたたちのやり方がおかしいのである」と。

  しかし、この半ばエゴイスティックな考え方の論争には決着がついている。企業のプロセスがすべて同じであるはずがない。企業のビジネスモデルを分析した結果、その企業の競争力を削がないレベルでのシステムの組み合わせであるBest of Breed (BOB、もっとも適切なシステムを組みあわせて使う手法)が主流となったのである。
 PLMも「PLMパッケージ」と呼んでいるが、私はマーチャンダイジングの分析ツール、サンプルを電子化する3D CAD、そして、海外縫製工場の生産管理を組み合わせ、「Digital SPA」と命名。今では海外で当たり前となっている、クラウドベースで複数のベンダーによる完全同期のサプライチェーンを生み出すためのコンセプトを描き、各商社から経済産業省にまで「Digital SPA」のプロジェクトをこなしながら、その概念を惜しみなく説いて回り、産業界のために尽くしてきた。
 しかし、最近まで聞かなくなったPLMだが、「PLMが動いていません」という相談がくる。そこで、調べてみると、恐ろしい実態が明らかとなっていた。

個別最適と全体最適の違いが理解できない現場

gesrey/istock
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 失敗の原因は、PLM導入の目的が曲がって伝えられていることだ。
 アパレル業界は、サプライチェーンが多段階に分かれている。例えば、一つの商社だけで500の工場をアジア中で取引している。さらに、その工場には、商社経由で2万を超す素材メーカーが素材を供給している。PLMをクラウドで活用するというのは、これらのサプライチェーンを全体最適化することなのである。

 これは、言うは易く行うは難し、である。なぜなら、企画機能、生産機能、流通機能、販売機能を自社グループ内でもっている大手シューズメーカやアンダーウエアメーカならいざ知らず、星の数ほどあるサプライチェーン全体を、全体最適化することは「素人」には無理だからだ。

 例えば、3D CAD を導入し、かつデザイナーを教育するまで投資したとしよう。そのメリットは、上工程の商社や工場が利食い(出てくる利益を自社誘引)することにある。一般に、一つの量産品をつくるのに必要なサンプルは3枚以上であり、かつ、そのサンプルの総数の30%は破棄され、シーインなどの餌食になることはすでに述べた通りだ。 
 日本のアパレル企業は、慣習的にファーストサンプルから各色サンプル前まで、お金を払わないので工場の研究開発費は膨大になり、多いケースになると数十億円にもなる。実際、こういうことをきちんとやっていないアパレルは、サンプルというのは工場の中のサンプルルームでつくられ、物理的原価は量産品の10倍もしていることさえ知らない。しかも、それをクーリエ便でおくれば、一枚3万円以上も輸送費がかかる。

 したがって、本来量産品で15ドルするサンプルは、簿価ベースでいえば150ドル以上するのだ。工場がサンプルをつくる意味は、その商品を量産化したときのスループ(単位当たりの処理能力)の計算をするためだ。つまり、デザイン的なよさを確認するためのアパレル企業のサンプル確認とは違う。

 アパレルは、無料だからといって、このサンプル品を好きなだけつくり、量産発注は雀の涙ほどの量しかない。だから、アジアの工場で日系資本が入っていない工場は、私が警報を鳴らしてきたジャパンパッシング(日本無視)を行い、今、バングラデッシュで普通に生産を依頼すると、なんとリードタイムは半年もかかるし、中国でも3ヶ月が一般的だ。

 実際、物理リードタイムで半年もかかるなどということはないので、現実は工場に「後回し」にされ、工場の空きスペースをつかって生産されているのだ。これが、私がいくども警告してきた、バラバラに発注をやってきた代償なのである。
 こうした「事実」を分かっていれば、PLMというシステムをいれても、リードタイムが短くならないことなどすぐわかる。ステムで改善されるのはコミュニケーションリードタイムであり、プロダクションに必要な生産リードタイムは物理的なもので、一切システムとは関係ない

 仮に、この3D CADにアパレルが投資をしても、喜ぶのは数十億円も押しつけられてきた工場や商社たちで、そのリターンはアパレルに戻らない。ここが、過去から今に至るまで伝言ゲームとそば屋の出前で仕事をしてきたアパレル業界が背負っている十字架なのだ。
 このように細分化されたサプライチェーンの全体最適を行うことは、調達の隅々まで業務を理解した水先案内人が必用であり、いわゆる「ちょっとかじった素人」では、全体のデザインや進め方のイメージさえ持てないのである。

 

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知らない者同士で進めるプロジェクトの悲劇

 繰り返し言うようだが、上記のようなバリューチェーン全体の中で、誰が投資をし、誰がオペレーションを行い、そして、誰が受益者になるのか、そして、そのサプライチェーンにまたがるリスクとプロフィットをどのように分担するのかを、あらかじめ決めてからシステム導入をすべきである。

 また、PLMのような、無数の企業が同時に1つのマスターを使うようなシステムは、従来のアジャイルなどという手法は全く通用しないことを知るべきだ。
 本質は「業務改革8割、システム2割」なのである。例えば、3D CADのようなものは、計算すればサプライチェーン全体のコスト効果は計算できる。また、その直接的な受益者は工場だ。例えば、工場や商社が製品マスターをアップデートする際、総サンプルコストが10億円だったとしよう。CMT (工場の工賃)に、デジタル化された総サンプルの実コストで割り返し、FOBのコストに組み入れればよいのだが、そんな簡単なことも分からずシステム開発をすすめるわけだ。

 アパレル企業や商社は、パッケージベンダーにもコンサルがいるから、などと勘違いをしている。だが、彼らは各産業界の専門家ではないから、こうした基本的な実務を全く分かっていない。

 だから、本来自分たちで考えるか、我々のようなデジタル戦略コンサルが支援すべき領域をスキップしてものごとを進めてしまう。その結果、「これは全く使えない」ということになり、「それならば、元のやり方に戻そう」と、システムを使うのをやめてしまうわけだ。  

 アパレル企業は当初、業務調整もシステム会社がやってくれるものと都合のよいことを考えているのだが、システム会社からしてみれば、自分たちの仕事はシステムを稼働させるだけ、という認識だ。つまり、もっとも本質的な部分に踏み込まないまま、アパレルのシステム部の人間とシステム会社による「アジャイル」開発が進み、システム会社は請求書だけおいて、「あとの業務調整は貴方たちでやってください」といって、立ち去るわけだ。

 覚えておいてもらいたいのは、無数のバリューチェーンが絡むPLM 導入にアジャイルなど存在しない。私のやり方は、大部屋に20近い人間を集め、スクリーンに映し出しながら全員で納得させることをプロセスごとに行ってゆく、というものだ。
 その際、たとえば、商社が「そんな業務は聞いていない、その分製造原価を上げさせてもらう」と言ったとしよう。それに対してアパレル側は、サンプル代をデータ化したり、五枚複写の伝票をEDI化したりする生産性の向上とのトレードオフではないか、と交渉すべきだが、アパレル業界はシステム会社におんぶにだっこで、こうした交渉もできない。
 そもそも、システム会社はパラメータを設定するだけで、こうした業務調整や、パッケージの外の運用を、例えば、ロボティクスの技術をつかって自動化するなどという話を提案することさえしない。

 だから、「自分の業務が世界で最も正しい」「面倒なことはやめてもらい、自分の業務を便利にしてもらいたい」と望む現場との間での、フィット&ギャップ(システムと業務の差分)の問題解決が、アパレル側もシステム会社側もできないのである。

 したがって、本来、既製服であるスーツが、改良、改良を重ねて見る影もなくなって会社の中枢部に食い込んでゆく。その結果、アパレルはベンダーの言いなりにならざるを得ない。システムの変更もできず、寄生虫のように運用費やサブスクフィーを取られ続けることになる。これが、実態である。

 最後に、みなさんは、どこでこのPLM開発が失敗したのかおわかりだろうか?
 これは「全体最適」、つまりみなが少しずつ努力することで、バリューチェーン全体を通る商品の製造原価を激減させる、というもっとも重要な目的を忘れ、いつしか、「自分の会社の自分の業務を楽にしたい」という現場の声に振られ、全体最適をめざす目的が個別最適になってしまったからだ。繰り返し申し上げるが、システム会社にこうした話をしても、なんの解決もできないだろう。私はこうした現実を見るたび、ますます将来に希望が持てなくなってくる。

 

 

 

 

 

 

 

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プロフィール

河合 拓(経営コンサルタント)

ビジネスモデル改革、ブランド再生、DXなどから企業買収、政府への産業政策提言などアジアと日本で幅広く活躍。Arthur D Little, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナーなど、世界企業のマネジメントを歴任。2020年に独立。 現在は、プライベート・エクイティファンド The Longreach groupのマネジメント・アドバイザ、IFIビジネススクールの講師を務める。大手通販 (株)スクロール(東証一部上場)の社外取締役 (2016年5月まで)
デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言
筆者へのコンタクト
https://takukawai.com/contact/index.html

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