セールしない、余剰在庫もないアパレル「アルページュ」 会社もお客も「幸福な」理由
ダイヤモンド・チェーンストア オンライン / 2023年1月10日 20時55分
「アプワイザー・リッシェ」をはじめ6つのレディスブランドを展開するアルページュ。オン・オフ問わず着られるコンサバティブなファッションに定評があり、とりわけ「Oggi」などの読者層である20代~30代の女性に根強い人気を維持し続けている。
そのアルページュだが、アパレル業界内では「セールをしない会社」で有名だ。流行の移り変わりが激しいレディスブランドにあって、なぜセールに頼らずに在庫を処分できるのか。その理由を、代表取締役社長の野口麻衣子氏に聞いた。そこには、単なる技術論を超えた「幸福論」があった。
2000年代後半の「エビちゃんブーム」で躍進
アルページュの創業は1975年。もともとはアパレルの卸売業がメーンだった。
大学を卒業後、1998年に父の経営するアルページュに入社した現代表取締役社長の野口麻衣子氏。当時はバブル崩壊の爪痕が大きく、名だたる大手金融機関も倒産する日本経済の冬の時代。アパレル業界も例外ではなく、野口氏もアパレル企業の相次ぐ倒産を目の当たりにしていた。
「卸売業だけやっていては、取引先が潰れると当社も共倒れになってしまう」と危機感を抱き、当時アパレル業界で台頭しつつあったSPA(製造小売業)に活路を見出し、卸売主体からSPA型へとビジネスモデルの転換を決断。その中で2001年に生まれたのが、今もアルページュを代表するブランドの一つ「アプワイザー・リッシェ」だ。
知名度も、小売のビジネス知識もない状態からのスタート。「池袋の居抜きの物件を借り、とにかく商品を置いて売っていただけ。内装などブランドの世界観にこだわる余裕もなかった」
そのアプワイザー・リッシェに転機が訪れたのは2003年。商品の品質を評価した銀座松屋から打診があり、念願の銀座に出店を果たす。評判が評判を呼び、名古屋松坂屋、銀座プランタンと順調に出店を重ねていった。
さらなる追い風をもたらしたのが、「CanCam」などの女性ファッション誌だ。とりわけ2000年代後半には同誌の看板モデルだった蛯原友里さんの「エビちゃんブーム」が社会現象にもなり、アプワイザー・リッシェは「アネキャン世代」の絶大な支持を得ることになる。
セール時には、商品を運ぶラックからファンが商品をつかみ取りし、売場に着いた頃にはラックが空っぽの状態になることもあったという。「お客さまの熱気に触れ、『ブランドをつくるとはこういうことか』と実感した」と野口氏は当時を回想する。
10年前に「セールをしない」ことを決断
セール品が飛ぶように売れ、顧客どうしで取り合いになるような熱狂の陰で、野口氏は複雑な思いを抱くようになったという。
「商品をたくさん作って売上を伸ばすことがベストなのか?」
売上を目標にすると、前年の売上をベースに売上目標を立て、さらに商品を製造する。売れなかったものは当然在庫になり、最終的にセールやアウトレットで処分する。そうすれば目先の売上は確保できるかもしれないが、「違和感」が残った。
「せっかく正規価格で買った商品がセールで値引きされているのを見たら、お客さまも残念な気持ちになるはず。それはお客さまにとっても、当社にとってもいいことではないのでは?」
2012年、野口氏は一つの大きな決断をする。「原則としてセールは行わない」――例外的にECサイトで1日のみ(場合によっては2、3日間)のフラッシュセールは実施するが、リアル店舗ではセールを実施しない方針に踏み切ったのだ。
「『本当にお客さまにとって何がいいのか』を突き詰めた結果、必要以上に商品を作りすぎないことだと気づいた。必要なだけ生産し、セールには頼らずに売り切っていく。そのほうが経営的にも無理がないと考えた」
その決断から10年が経過し、今日でもアルページュの業績は好調だ。2020年のEC売上高は、コロナ禍にあって対前年比1.8倍に増加。商品の消化率は公表していないものの、「現実的な数字として70%をめざしている」と、アパレル業界では高い目標値を掲げている。
「インスタライブ・ECサイト・リアル店舗」を常に同期するVMD
とはいえ、トレンドの盛衰が激しいレディスブランド。セールに頼らずに高い消化率を維持するのは簡単ではない。アルページュではどのように「消化率を高め、在庫を残さない」工夫をしているのか。
そのカギはECサイト、リアル店舗双方におけるビジュアルマーチャンダイジング(VMD)の連携にある。
2012年に自社ECサイト「アルページュ・ストーリー」を立ち上げ、以降、毎月の新商品はまずECサイトで先行リリースし、その10日後に全国の直営店で販売する流れになっている。店舗で買い物を楽しむファンもいることから、ECのみで売り切ることはせず、各店舗にも在庫を振り分ける。
「店舗でショッピングするお客さまは、まずECサイトで新商品をチェックし、それから店舗に買いに行く。そのときにECのトップページで紹介している商品と、リアル店舗のショーウィンドウに並ぶ商品が異なっていたら、違和感を持つ。それでは商品の魅力が伝わらない」
そこで、ECとリアル店舗の展開する商品にズレが生じないよう、内容をタイムリーに同期させている。このシンプルなルールを徹底することが、高い消化率を実現する秘訣だ。
さらに、もう一つのポイントとして、自社Instagramでのライブ配信(インスタライブ)が挙げられる。
インスタライブは、コロナ禍を機にアパレル業界で広く浸透し、それ自体に目新しさはない。しかし、その後トーンダウンした企業も少なくない中にあって、アルページュでは専用のスタジオで「1ブランドあたり週に4、5回。全ブランドで週20本」というきわめて高い頻度で配信を続けているのだ。
そして、ここでもインスタライブで紹介する商品がECで紹介する商品と必ず連動するようにVMDを徹底している。
「お客さまがインスタライブを観た後は、必ずECサイトを訪れる。その時に、インスタライブで紹介した商品が出てこないと離脱につながってしまう」
「インスタライブ→ECサイト→リアル店舗」の3つの顧客導線が一気通貫し、タイムリーに同期されているからこそ、新着商品を心待ちにしているファンの購買機会を逃さず、高い消化率を実現できているのだ。言葉にすると当たり前のことかもしれないが、それを徹底しているところにアルページュの強みがあるのだろう。
顧客・社員双方にとっての「幸せ」を追求し続ける
インスタライブにも出演するアルページュの社員は、97%が女性社員。出産からの復帰率は実に95%と、時短勤務も含め女性社員がキャリアを犠牲にせず働きやすい環境を実現している。社長の野口氏自身も2度の出産を経験し、今も育児に奔走する「現役ママ」だ。
「時短勤務でも会社に貢献できることはたくさんあり、社員一人ひとりに貢献の形がある。私自身も2児の母として毎日悩みながら働いているので、社員にとっていちばん身近なモデルケースでありたい」
もともとアルページュの各ブランドのファンであり、「作る側に回りたい」という思いで入社している社員も多い。「ブランドづくりに参加していることを、社員が幸せと感じられることが大事」と野口氏は強調する。
かつてのアルページュのファンが、入社してブランドを届ける側になり、結婚・出産などのライフイベントを乗り越えて楽しく働く。その幸福感がインスタライブや接客を通して顧客へも伝わっていく――そこには顧客と社員が相互にブランドへのエンゲージメントを高め合うスパイラルが生まれている。10年前に「セールをしない」と決断したことが、そのスパイラルを回す源泉になっている。
「商品を通じてお客さまを幸せにしたい。そう考えたとき、たくさんの商品を売れ残りにすることは、売上の最大化はできても誰も幸せにしない。10年続けてきてそのことは確信している」
2021年3月には、ECサイトと同じ名前で新ブランド「アルページュ・ストーリー」を立ち上げ、リアル店舗もオープンした。顧客・従業員それぞれにとっての「幸せ」を追求するアルページュの物語は、これからも続いていくだろう。
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