16号線外縁部の“覇者”ヤオコーが、SPA推進でねらう「天下布武」
ダイヤモンド・チェーンストア オンライン / 2023年3月28日 20時51分
ヤオコーは2023年1月、3月付の組織改編で、デリカ事業部デリカ・生鮮センター担当部を廃止して、「SPA推進部」を設置することを発表した。筆者はこのニュースを、生鮮・総菜に関してインストアオペレーションに依存しないでも、今の品質を維持できるセンター加工体制をめざすという、ヤオコーの宣言と考える。
本稿前編では、食品スーパー企業がセンター加工を推進しなければならない事情について解説した。後編では、ヤオコーがセンター供給体制を急ぐ理由について考えてみたい。
16号線外縁部の覇者がさらなる成長戦略を描くには……
前編で解説した背景とは別に、ヤオコーにはセンター供給体制を早期に立ち上げなければならない事情があった。それには、ヤオコーが首都圏16号線外縁部の覇者であることが大きく関係している。首都圏外縁部で“勝ちパターン”を確立したヤオコーが今後、さらなる成長戦略を描くためには、16号線の内側においてもシェアを獲得していく必要がある(図表①)。
しかし、現在の店舗フォーマット(広い駐車場、600~700坪の売場面積、インストア加工、できる限り近隣型商業施設タイプで集客力を補完……)のまま16号線内側への出店を本格化しても、ヤオコーが理想とする投資回収モデルが成立しない、と筆者は推測する。
10年以上前から都市型フォーマットの確立を目標に掲げてきたヤオコーは、16号線内側にもいくつかの出店を行って実験を続けてきたように見受けられるが、その出店ペースは遅々として進んではいない。これは店舗フォーマットの調整だけでは、彼らの求める結果は得られなかったということであり、ヤオコーは、センター加工をベースとしたインフラを再構築すること(≒SPA化)によって、本源的な収益構造の変革に踏み切ることを決意表明したのだと筆者は見る(図表②)。
16号線の内側で、都下、神奈川東部に進出しようとする場合でも、小型化するだけではヤオコーならではの品揃えが保てず、競争力を削ぐ結果となりかねない。できるとすれば、売場面積と同等のスペースを割いているバックヤードを極力小さくする(≒加工工程をセンターに移行し、最終加工のみを店内で行う)ことであり、対応する供給体制を整えれば、これまでの戦力を維持した都市型店舗を大量に投入することも可能になる。
都下と神奈川は、同じ理由でロードサイド型の有力スーパーの進出が阻まれていたため、人口の多さを考えれば相対的に競争環境が緩いことは間違いない。進出できればヤオコーが一定の戦果を挙げることは確実なのである。
ヤオコーの「天下布武」に立ちはだかるのは……
首都圏は16号線の内と外で、それぞれ1800万人程度が居住していることがわかっている。そして内側は、人口減少が課題となるこの日本において、ほとんど人口が減らないこともわかっている(図表③)。16号線の外側で5000億円企業にまで成長したヤオコーが16号線内側という同規模のマーケットに展開できるという確信を得れば、その瞬間に1兆円企業への成長は実現可能になるとも言える。
それどころか、首都圏という国内最大のマーケット全域に店舗を展開できるなら、初の全国制覇型の食品スーパーとしての成長戦略を示すことも可能になるだろう。ヤオコーが「SPA化」を言葉にしたのは、織田信長の「天下布武」の如く、天下統一の目標を内外に宣言したことにほかならないと筆者は考える。そしてその背景には、SPA化実現の確信を持ったからであろうと勝手に推測するのである。そして、この「天下布武」に立ちはだかるのは、ロードサイド市場における永遠のライバルであるベルク(埼玉県)、そして16号線内の現在の覇者、オーケー(神奈川県)ということになるだろう。
「ベルクがいなければ、ヤオコーはここまで競争力ある店をつくれなかったのでは」と思わせるほど、ベルクは正に好敵手である。幅広い品揃えを、低価格で提供することで、地元で高い支持があるベルクは、地盤である埼玉県で「よく利用するスーパー」を調査すると、若年層とファミリー層ではトップを占めている。
郊外での豊かな食生活を相応の価格で提供しているヤオコーは、少し財布に余裕がある中高年層の支持が高く、この両社は首都圏北部を分け合うようにして、共に成長してきた。このことを自ら認識しているヤオコーは、若い層の支持が劣勢であることは将来的に大きな課題であると考えており、最近では価格的にも競争力を高める商品開発をめざしている。M&A(合併・買収)で傘下に加えたディスカウント型スーパー、エイヴイ(神奈川)との連携によるディスカウント業態「Foocot(フーコット)」の展開に打って出たことは業界でも大きな話題となった。
この戦略こそ、価格訴求もできる業態により、首都圏郊外における若年層でのシェアアップを実現し、持続的な成長を確保するという対ベルク戦向けの布石といってもいいだろう。既存市場である首都圏郊外における、さらなるシェアアップと世代交代への対策を行うことで16号線外側でのさらなる成長可能性をめざしている。
ディスカウント業態フーコットの滑り出しは順調なようで、今後、検証を繰り返しながら出店数を増やしていくことになるだろう。ただ、支持率の高いベルクが簡単に押し返されるとは考えにくく、ヤオコーとベルクの競争に巻き込まれて、周囲の競合店が影響を受ける可能性が高いと予想される。
16号線内側では「あの企業」と競り合うことに……
ヤオコーがめざす新しい市場である16号線内側マーケットで、最も手強いライバルとなるのは、オーケー、ロピア(神奈川県)といった徹底的な価格訴求型のスーパーであろう。
とくにオーケーは営業収益5250億円(2022年3月期実績)で、同エリアの食品スーパーで最大クラスの基盤を構築、16号線内側でドミナントを形成しており、顧客満足度調査(日本生産性本部実施)で12年連続でトップを獲得するなど消費者の支持も厚い(図表④)。
収益力、売場効率、1店舗当たり売上高など、食品スーパーの競争力を示す指標でも業界トップクラスを誇るオーケーは、店舗の競争力では“実質業界最強”ともいえ、この牙城を崩すことは簡単なことではないだろう。ただ、ヤオコーの都市型店舗が現在の生鮮、総菜の商品力と品揃えを維持して乗り込むのなら、勝機は十分ある。両社の強みが異なるため、棲み分けることが可能だからだ。
オーケーの集客力の源泉は、加工食品、日配、雑貨等のEDLP(エブリデイ・ロープライス)が消費者に認知されているということにある。「オーケーに行けば損はしない」という信頼のもと、お客は生鮮食品や総菜をついで買いしていくため、高い収益をあげることができる。
それに対して、ヤオコーは生鮮、総菜における価値を訴求してきたわけだが、その実力は郊外において価格訴求型の競合を押えてトップシェアを獲得してきたことが証明している。16号線の内側は外側に比べて所得水準も高いことを考えると、ヤオコーの価値訴求に共感する消費者の割合はさらに高くなることが容易に想像できる。郊外でベルクと競り合いながら共に成長してきたヤオコーは、都市部でもオーケーと市場を分割する存在になりうる。
2022年3月期まで33期連続で増収増益という驚異的な実績を残してきたヤオコーは、2023年3月期上半期決算で増収ながらも減益となった。通期業績予想を増収増益のまま維持しているが、人件費、水道光熱費の高騰という不可避のコスト増がさらに進んでいる状況下、連続記録の達成については危ぶむ声もある。
だが、そんな連続記録は、本質的にはどうでもいいことのように思えてしまう。そんなことより、ヤオコーSPA推進部がその目的を達成し、原則センター供給型の都市型フォーマットを支えるインフラを完成させるか否かが重要だろう。それによって、今後の業界の未来図さえ、大きく変わることになるからだ。
人手不足に対応した省人化で生産性の向上を実現したうえで、さらに豊かな食生活を日本全国に提案できる企業が実現したとき、食品スーパー業界は、インストア加工という非効率の軛から解放され、真のチェーンストアとしての歴史を刻むことになるのである。
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