「株主は地球」環境負荷を最小限にするパタゴニアの「スロー」なビジネス戦略の神髄
ダイヤモンド・チェーンストア オンライン / 2023年4月25日 20時55分
米アウトドア企業のパタゴニア。創業時から地球環境保護とビジネスの両立に一貫して取り組んできた「環境先進企業」でも知られ、アパレル業界においてもサステナビリティが重要課題とされる昨今、その一挙手一投足はますます世界の注目を集めている。日本でも30年を超える歴史があり、根強いファンは多い。
2023年に創業50年の節目を迎えた同社は、昨今のサステナビリティのトレンドをどう見ているのか。そして、次の100年に向けた歩みをどう進めようとしているのか。日本でのセールスを統括するパタゴニア日本支社(神奈川県/マーティ・ポンフレー支社長)ナショナルセールス シニアディレクターの川上洋一郎氏に聞いた。
※アイキャッチ画像のクレジット:yasu matsumoto photography
5年ぶりの新店舗「パタゴニア軽井沢」
2023年4月25日、パタゴニアの新店舗「パタゴニア軽井沢」がオープンした。軽井沢駅から徒歩1分の好立地で、クライミングや登山、トレイルランニング、フィッシングなどのテクニカルウエアから日常のライフスタイルウエア、アウトレット製品まで幅広いラインナップを揃え、観光客を含めた多様なニーズに応える。
「22店舗のうち20店舗が都市部に、残り2店舗は千葉・一宮と長野・白馬のフィールドエリアにある。その中間の、非都市部で自然環境に恵まれていながら、都心からもアクセスのよいエリアでの店舗運営にチャレンジしたいと5、6年前から構想を温めていた」(川上氏)
建物は100パーセント木造の平屋建てで、できる限り地元の長野県産の資材を使用。店舗の顔となるファサードの看板には、築80年以上の古民家から譲り受けた松の古木を利用するなど、環境負荷を限りなくゼロに近づける、パタゴニアならではのこだわりが随所にみられる。
1989年に東京・目白に日本での1号店をオープンしてから、この「パタゴニア軽井沢」は23店舗目の直営店。2018年に広島に出店してから実に5年ぶりとなる。アパレルブランドとしてはかなりスローな出店ペースに思えるが、「ここに、実はパタゴニアの店舗づくりの姿勢が表れている」と川上氏は語る。
「直営店舗の役割は単に製品を販売するのではなく、アウトドアスポーツを愛する人びととともに環境保護へのメッセージを発信したり、そのメッセージに共感するさまざまな人が集う地域コミュニティのハブとなること。そのために立地は時間をかけて検討し、地元自治体や環境活動団体などとも対話を重ねている」
私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む――パタゴニアはミッションステートメントにおいて、ビジネスを目的ではなく、地球を環境危機から守るための手段と明確に位置づけている。新規出店に際しても、そのミッションを達成するのにふさわしい場所であるかどうか、時間をかけて吟味しているのだ。
「マーケティング」より「ストーリーテリング」
1993年には世界で初めてペットボトルから再生ポリエステルを使用したフリースジャケットを販売し、1996年にはすべてのコットンをオーガニックコットンに転換するなど、「サステナビリティ」「SDGs」という言葉が市民権を得るはるか前からビジネスと環境保護の両立に取り組んできたパタゴニア。その活動はもはや「環境保護団体をサポートする世界的な営利企業」といってもよいだろう。
そのパタゴニアは、マーケティング戦略も非常にユニークだ。というより「利益が環境保護団体などの寄付や環境事業を行うスタートアップへの投資に回るので、マーケティングにほとんど予算が与えられない」と川上氏は苦笑いする。
パタゴニアが創業以来重視しているのは、マーケティングより「ストーリーテリング」。同グループの映像会社「パタゴニア・フィルム」が製作した動画を店内やECサイト上で放映し、世界中の環境危機の現状や環境保護活動への関心を高めながら、ブランドへのエンゲージメントを醸成している。
草の根でファンを地道に増やしていく活動に注力。例えば「ウォーン・ウエア(Worn Wear)」は、着古された服を修理して「長く着る」吟味した消費の在り方を提唱するプロジェクトで、2019年には全国の大学を巡るキャラバンを展開した。ミシンを携えた修理スタッフの前には、大学生が思い思いの服を手に行列をつくるほどの人気だった。その後も、2020年8月まで目白ストアで中古品の販売を行ったり、2021年には渋谷店で大々的に期間限定の「ウォーン ウエア」プログラムを実施したりと好評を得た。また、下取りサービスは昨年すでに2店舗で実証実験しており、数百着が集まったという。2021年から神田店ではテクニカルウエアのレンタルサービスも行っている。
「ポンと打てば成果の出るマーケティングと異なり、ストーリーを伝えるには時間がかかる」(川上氏)。だが、こういった草の根活動を長年継続することで、全国各地にパタゴニアのファンコミュニティが存在し、その輪は着実に広がっている。
昨今のアパレル業界においても顧客エンゲージメントを高めてLTV(Life Time Value:顧客生涯価値)を高める方向にマーケティングの軸足が移っているが、それを創業時からぶれずに続けているのがパタゴニアなのだ。一周回ってマーケティング戦略の最先端を走っているともいえるのではないだろうか。
創業50年を迎え、循環型ビジネスに舵を切る
そのパタゴニアは2023年、創業50年の大きな節目を迎えるにあたり「地球が私たちの唯一の株主」と宣言。創業者イヴォン・シュイナードとその家族が持つ全株式を、非営利の環境保護団体と、新たに設立したトラスト団体「Patagonia Purpose Trust」に寄付した。
世界中を驚かせたその行動の背景には、50年をかけて構築してきた自身のビジネスモデルへの、痛烈な自己批判が含まれている。
「これまで50年間営んできたビジネスモデルは、気候変動を主軸とする環境破壊を最小限に食い止めるうえで必ずしも十分でなかった。このままでは、私たちの『故郷である地球を救う』というミッションは達成できないのではないか、との危機感を強めている」(川上氏)
その危機感から、パタゴニアが目下注力するアクションが、サーキュラー(循環型)ビジネスの推進だ。2025年までに石油を原料とするバージン繊維(ゼロから作る化学繊維)から脱却し、リリースする製品のすべてを再生可能な、またはリクレイムド(アップサイクル)な素材に転換すると発表した。
その循環型のビジネスモデルを、近年ではアパレル以外の分野にも広げている。その一つが食品コレクション「パタゴニア プロビジョンズ」だ。
国連食糧農業機関(FAO)によると、我々が現在の速度で土壌を劣化させつづけた場合、60年後には耕作可能な土壌がなくなってしまうという。そこでパタゴニアでは、土を掘り起こさず、肥料を使わずに栽培できる「リジェネラティブ・オーガニック農法」の普及に努めている。「プロビジョンズ」はその活動の一環として立ち上げたブランドで、多年生穀物「カーンザ」を使用したクラフトビールなどの食品を各ショップやECサイトを通じて販売している。
すべてのステークホルダーにとって「サステナブル」であること
地球資源のみならず、働くスタッフや農業従事者などすべてのステークホルダーにとっての持続可能性を志向しなければ、本当の意味でのサステナビリティとはいえない。その点で、「社員の新しい働き方も模索し始めている」と川上氏は語る。
「これまでは店舗、EC、ホールセール(パートナーシップを締結する企業との取引)の3つのチャネルが相互に補完し合いながらビジネスを成長させてきた。ところが、店舗のスタッフはどうしてもその店舗のあるエリアに働き方を制約されてしまう」
川上氏がイメージするのは、一言でいうと「チャネルからエリアへの転換」だ。日本全国の各地域にフォーカスし、店舗、EC、ホールセールの各チャネルの垣根を取り払って、パタゴニアのスタッフが自治体や環境保護団体、住民との関係を構築しながら、その地域固有の課題解決にあたるという、働き方の大胆な転換だ。
「もちろんパタゴニアは営利企業なので、ビジネスとの両立は模索しなければならない。しかし、既存のチャネルにとらわれず、全国のさまざまな地域との新しいつながりを構築する可能性はあるのではないか」(川上氏)
また、2012年より国際認証制度「Bコープ認証」を取得。厳格な評価のもと、社会や環境、従業員、顧客といったすべてのステークホルダーに対する利益を追求した公益性の高い企業に与えられるもので、非常に厳格な認証制度だが、日本でも少しずつ浸透しつつある。
また、オーガニックに移行中のコットンを「コットン・イン・コンバージョン」として買い取る、新たな移行支援プログラムもスタート。オーガニックコットンに移行する際、認証を得るまでには約3年かかるため、農家としては大きな経済リスクを負う。認証達成に励む農家の努力に報い、達成までの道のりをサポートする取り組みだ。
「私たちは環境先進企業と言われているが、大企業と比べると社会へのインパクトははるかに小さい。ただ、環境負荷を最小限にするためのビジネスに本気に取り組んでいるのは事実。『これでもビジネスが成立するんだ』という成功例を少しでも示していきたい」(同)
出店戦略においてもマーケティング戦略においても、パタゴニアは総じて「スロー」な企業だ。しかし、「スロー」であるがゆえに、その存在はユニークさを増し、多くのファンを魅了し続けるのだろう。
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