渋谷の本店閉店で東急百貨店が向かう “百貨店”にこだわらない「新しいリテール」の姿とは
ダイヤモンド・チェーンストア オンライン / 2023年5月16日 20時55分
2023年1月31日に閉店し、55年あまりの歴史に幕を下ろした東急百貨店本店。2020年3月31日に閉店した東急百貨店東横店とともに「渋谷に東急のデパートがなくなった」とのニュースに、一抹の寂しさをおぼえた人は少なくないだろう。
しかし、「100年に1度」といわれる渋谷の再開発の中で、東急百貨店は時代に合わせた新しいリテールの形を目指し、次々と打ち手を講じている。同社が「融合型リテーラー」と呼ぶ「進化するリテール」のねらいと施策について、キーパーソンに話を聞いた。
「100年に1度」の再開発の中で幕を下ろした本店
2023年1月31日。この日の19時、東急百貨店本店の前を大きな人だかりが取り囲んでいた。1967年の開店以来、55年あまりの歴史を持つ同店がこの日、多くのファンに見守られながら最後のシャッターを下ろした。
その3年前、2020年3月31日には渋谷駅に直結する「東急百貨店東横店」が80年あまりの歴史に幕を下ろしている。沿線開発とともに、渋谷という街の開発に深く関わってきた東急の象徴ともいえる2つの百貨店がついに姿を消した。
その一方で、いま「100年に1度」ともいわれる渋谷の再開発が進行している。
2012年4月、東急文化会館の跡地に「渋谷ヒカリエ」がオープン。翌2013年3月には東急東横線渋谷駅ホームが地下化。2019年11月には東急、JR東日本、東京メトロとの共同出資により「渋谷スクランブルスクエア」がオープンした。久しぶりに訪れるとその変貌ぶりに驚かされるほど、渋谷という街は進化を続けている。
「この10年もの間、東急グループ一体で渋谷の再開発を進めてきた。その中で私たち東急百貨店も、いま求められるリテールの新しい業態にチャレンジしている」
東急百貨店OMO推進事業部長の伊藤正貴氏はこう語る。「東急百貨店本店の閉店」というトピックだけを切り取れば「一つの時代の終わり」とネガティブに受け止めてしまいがちだが、すでに東急百貨店は次のステージに向けて動き出しているのだ。
「フード」と「ビューティー・コスメ」に特化
フードは、「日本初の名店街」と称される「東横のれん街」、そして「デパ地下ブームの火付け役」といわれる「東急フードショー」と、東急百貨店が渋谷の地で長い歴史をかけて培ってきたキラーカテゴリーだ。
2019年11月、東急スクランブルスクエア内に最先端の食品専門店「東急フードショーエッジ)」をオープン。2020年4月には「東横のれん街」を渋谷ヒカリエ内の商業施設「ShinQs(シンクス)」に移転。さらにさらに2021年7月には渋谷マークシティ1階・地下1階と、渋谷地下商店街「しぶちか」に、「渋谷 東急フードショー」がリニューアルオープンした。
この「東横のれん街」「東急フードショー」「東急フードショーEDGE」の3店舗が中心拠点となり、9700平方メートル、約240店舗という食の一大マーケットを形成。渋谷の食文化を引き続きけん引していく。
もう一つの「ビューティー・コスメ」は、渋谷スクランブルスクエアの6階「+Q(プラスク)」と渋谷ヒカリエ ShinQs 1階・地下1階に、計90ブランドを超えるビューティーフロアを展開。東急百貨店が渋谷で担ってきたコスメフロアの品ぞろえを継承し進化させている。
多種多様なカテゴリーをフロアごとに編集し一つの店舗に集約する従来の百貨店スタイルから、「フード」と「ビューティー・コスメ」にカテゴリーを絞り、渋谷の各拠点に面的に展開するスタイルへの転換。わかりやすくいうと、渋谷という街の中に“溶け込ませる”イメージだ。
「東急百貨店が長い歴史の中で磨いてきた編集力を活かし、個々に点在しながらも一つの世界観を創り出すことを意識している」(伊藤氏)
本店の顧客へのサービスも継承
一方で、それでもやはり気になるのは、長年親しまれてきた東急百貨店本店だ。「フード」と「ビューティー・コスメ」以外のカテゴリーは店舗ごとなくなってしまうのか? その疑問に対して経営管理室 経営企画部長の柏木徹氏は次のように語る。
「閉店に際して、私たちは『THANKS&LINK』というキャッチフレーズを掲げた。新たな業態やサービスでお客さまとの接点をつくり、長年築いてきたお客さまとのつながりを継承していく」
都内有数の高級住宅街・松濤に近接し、ハイエンドな顧客層に支えられてきた本店。長い歴史の中で「祖父母の代から3代にわたって親しんできた」という顧客も多い。その顧客のニーズに応えていくため、渋谷ヒカリエ ShinQs 5階に「東急百貨店 お得意様サロン」を新設。外商機能を継続していくとともに、ShinQs内に時計や宝飾などの売場、カルティエやパテック フィリップといったブランドショップも順次オープンしている。
ラグジュアリーブランドを中心としたファッションは、期間限定で商談会を開催するほか、渋谷周辺のラグジュアリーブランド各店舗へ顧客を適宜送客するなど、近隣のブランド店舗との協業によってニーズに応えていく。
また、東急百貨店で定評のあった売場の一つが、ソムリエが常駐し屈指の品ぞろえを誇るワイン売場だ。そのワイン売場をそのままスピンアウトさせる形で、2023年3月10日、旧東急百貨店本店の近隣に、ワイン専門店「THE WINE by TOKYU DEPARTMENT STORE」をオープンした。
一方で、本店跡地はどうなるのか? これについてはリテール、スモールラグジュアリーホテル、賃貸レジデンスが融合した複合施設の建設が計画されている。この新たな渋谷のランドマークは、2027年度の竣工を目指している。
「東急百貨店本店の跡地は、渋谷特有の賑わいと、松濤という静謐な住宅街、そして独自のカルチャーが息づく奥渋エリアの結節点に位置し、多種多様な人が交差するエリアでもある。その立地を活かしたランドマークが誕生することで、今まで以上に多くのお客さまとの接点が生まれることを期待している」(柏木氏)
「旗艦店に頼らない」という覚悟が生まれた
2021年からの中期経営計画において東急百貨店が掲げるビジョンは「いつでも、どこでも。ひとりひとりの上質な暮らしのパートナー」。従来の百貨店事業は吉祥寺店、たまプラーザ店で継続しつつ、専門店、EC、外商なども含めたマルチな業態を結びつけ、リアル店舗を核としながら、客との接点を拡大させていくものだ。
そのカギとなるのがデジタルだ。2023年2月1日から「OMO推進事業部」を発足。EC通販のプラットフォームを基盤としながら全社横断でオフライン・オンラインの融合を進めていく。
すでにオンラインにおける取引先との在庫連携や、フードとビューティー・コスメにおけるBOPIS(Buy Online Pick-up In Store:オンラインで購入した商品を店舗で受け取るサービス)の導入、渋谷に点在する店舗をつなぎ、渋谷ならではのギフト情報を発信するポータルサイト「しぶぎふ」の始動など、着々と打ち手を講じているところだ。
「当社にとって渋谷の本店は『旗艦店』ともいえる存在だった。ただ、その本店がなくなったことでかえって社内の変革への覚悟が定まった。将来の成長に向けてさらに挑戦を続けていきたい」
伊藤氏の言葉には力がこもる。東急百貨店本店というシンボリックな店舗の閉店は、同時に東急百貨店が、次のステージに向かう号砲でもあったのだ。
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