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瀬戸内オリーブ基金への支援 #1 社内に育ったサステナビリティの樹

ダイヤモンド・チェーンストア オンライン / 2023年6月8日 20時50分

1990年代当時、日本最大規模といわれた有害産業廃棄物の不法投棄事件「豊島事件」をきっかけに、建築家の安藤忠雄氏と事件の弁護団長だった中坊公平氏の呼びかけによって設立された「瀬戸内オリーブ基金」。2001年に始まったこの瀬戸内オリーブ基金への支援が、ユニクロのサステナビリティ活動の起点となった。そのはじまりと、社内への啓蒙と社員の巻き込み、そして参加した社員のサステナビリティ意識の広がりを、ファーストリテイリング広報部部長のシェルバ英子氏に取材した。

瀬戸内海に浮かぶ、美しい島「豊島」

 香川県の高松港から小型船に乗って20分。瀬戸内海に浮かぶ、豊かな自然に恵まれた小さな島「豊島(てしま)」が見えてくる。棚田やレモン畑、オリーブ畑が広がる、美しい島だ。

 現代アートの祭典「瀬戸内国際芸術祭」の舞台でもあり、今でこそアートの島としても知られつつあるこの島は、40年近くもの間、国内最大級の産業廃棄物の不法投棄の現場となっていた。その後の日本の環境政策に多大な影響を与えるターニングポイントとなる「豊島事件」だ。

写真提供:瀬戸内オリーブ基金
豊島遠景(写真提供:瀬戸内オリーブ基金)

豊島事件
1980年代、瀬戸内海に浮かぶ豊島(香川県土庄町)に産廃処理業者が大量の自動車の破砕くずや廃油などの産廃を、野焼きしたり、埋め立てたりした国内最大規模の不法投棄事件。不法投棄は1990年まで続き、その間、島の美しい自然は破壊され続け、住民たちは騒音や悪臭に悩まされ続けた。業者は兵庫県警に摘発され、不法投棄は終了したが、島には大量の産廃と汚染土壌が残された。
1993年、住民は中坊公平弁護士を団長とする弁護団とともに、香川県に対して産廃撤去などを求める公害調停を申立て、2000年にようやく調停が成立。県は2003年から不法投棄された産廃を無害化して処理する事業を開始し、2019年7月までに約91万トンの産廃と汚染土壌を島から撤去した。小さな島の住民たちが求めたのは、美しいふるさとを取り戻すこと。つまり原状回復だ。産廃が撤去されてもなお地下水の浄化などの課題が残されている。

「瀬戸内オリーブ基金」は、2000年に建築家の安藤忠雄氏と中坊公平氏の呼びかけで設立されたNPO法人で、住民たちと共に瀬戸内海の美しい自然を守り、再生することを目指して活動している。

豊島事件

豊島事件

建築家・安藤忠雄氏と柳井社長の出会い

 2000年、柳井正会長兼社長が、どこか一緒に社会貢献のできる団体がないかと探していた頃、たまたま共通の友人を介して紹介されたのが建築家の安藤忠雄氏だった。安藤氏は当時、オリーブ基金というNPOを立ち上げたところで、支援してくれる企業を探していた。

 山口県出身で瀬戸内海にも馴染みのあった柳井社長は、実際にその現場を訪れ、産廃の不法投棄により傷つけられた現場の惨状と住民たちの苦しむ姿を見て、これは何とかしていかなければいけない、こういう事実を広く伝えていかなければいけないという強い思いを持ったという。

安藤忠雄氏と柳井正社長
豊島の産廃不法投棄現場を視察する安藤忠雄氏と柳井正社長(写真提供:安藤忠雄建築研究所)

 「当時は事業との関連性もありませんし、何かヴィジョンがあったというよりは、とにかくできることをやっていきたいという強い気持ちだったようです。そこで、柳井社長はまず個人で寄付をしました。その後、企業として瀬戸内オリーブ基金への支援を開始し、それと同時に社会貢献室を作ったのです」(広報部部長サステナビリティ担当 シェルバ英子、以下シェルバ氏)

募金箱設置からボランティア活動へ

 全国展開しているユニクロ店舗でできることとして、はじめに取り組んだのは、募金と寄付の活動だ。ユニクロの店舗のレジカウンターに募金箱を置き、お客から寄付金を集める。そして集まった額と同額の寄付を会社がプラスし、2倍の金額を寄付する。いわゆる「マッチング寄付」という方法で、欧米ではポピュラーだったが、2001年当時の日本では新しい方法だった。

 しかし、店頭で集められた募金が実際にどのように活用されているのか、従業員たちは知らなかった。そこで、2003年より、従業員が自ら豊島へ行き、産廃の不法投棄の現場を見て、現地の住民の方に話を聞き、島の自然を回復するために、オリーブの樹を植樹するという、ボランティアプログラムを開始した。

広報部部長 シェルバ氏
広報部部長 シェルバ氏

従業員を巻き込む道のり

 「開始当初は、店舗や本部の従業員に呼びかけても、数人しか集まりませんでした。関心が低いばかりか、店舗の売上につながらないことをしたくない、こんなことをしても何になるのか、といった声もありました」(シェルバ氏)

 しかし、一度参加してくれれば活動の意義は伝わるはず。シェルバ氏は、そう信じて社内営業をして回った。特に、店舗のスタッフたちに影響力のある営業部のリーダー陣に個別に声をかけ、参加してもらう機会を作った。社内で報告会や座談会も開催した。そして、何か活動をしたら社内報に掲載する。それを繰り返した。実際、一度参加した人はその後、何回も参加したり、自分の周りの人たちにも参加を促すようになり、次第に参加者は増えていった。

 「ボランティア活動で一番難しいのは、やはり、社員を巻き込むこと。決してすぐに成果が出るわけではないので、とにかく続けるしかありません。でも、継続は力なりで、いずれその積み重ねが価値に変換される時がきます」(シェルバ氏)

 その後、徐々に参加者が増え、2004年には社内で「ユニクロボランティアクラブ」という組織ができ、豊島への移動費用の8割を会社が負担するようになった。

 今では、豊島のオリーブ植樹ボランティアは毎年6回定期開催され、募集をかけると定員の30名がすぐに埋まるほどに定着している。従業員の家族やお客も、参加できるようになった。コロナ禍の間は休止していたが、3年ぶりに活動が再開された2023年2月には、環境問題に関心の高いことで知られるタレントの井上咲楽さんも参加し、その様子はテレビのニュース番組でも特集された。

資料館で豊島事件と住民運動を学ぶ井上咲楽さん

体験することが最大の教育

 この豊島のオリーブ植樹活動は、特に従業員の環境教育の場として最適だった、とシェルバ氏は語る。

 「いま日本中どこへでも、新幹線や飛行機で簡単に行くことができると思いますが、瀬戸内海の豊島へは、高松港から船で行くしかありません。島には大きな宿泊施設もなく、私たちはいつも住民の方のご自宅や廃校になった小学校の校舎に泊まらせていただいています。食事も、島の方たちと校庭でバーベキューをするのが恒例です。住民の皆様の過酷な闘いの歴史を聞き、不法投棄の生々しい傷跡の残る現場を見て、そういった旅程のすべてが参加した人にとって忘れられない体験となり、本当にこの美しい島を取り戻すことを自分ごととして考えられるようになります。ただ会社がお金を出して寄付するだけ、というのとは、全く違うと思っています」(シェルバ氏)

一人ひとりの意識の広がり

 参加した従業員の中には、その後も豊島の住民と交流を続けたり、自分の家族を連れて行くようになった人もいる。自分の住んでいる地域で、別の形でボランティア活動に参加するようになる人も増えたという。参加した店舗スタッフのコメントをいくつか紹介する。

 「最初はレジ前に設置してあるオリーブ募金について、社員としてもっと知らないといけない、という思いで参加しました。その後、豊島の事を知っていくうちに、大好きになり、みんなにもっと豊島の事や会社の取り組みを知ってほしくて、同僚を大勢連れていくようになりました」(ユニクロルクイアーレ店店長・陳敦輝氏、以下陳氏)

 「2015年に初めて参加した時は、豊島はとても豊かな島だと感じました。しかし、実際に産廃現場を訪れてみると、多数の産廃、汚水があり、想像を絶する状況に言葉を失いました。一度参加して終わりではなく、またボランティアに参加して理解を深め、その体験を店舗に持ち帰り、スタッフや地域のお客様に繋ぐ必要があると感じました」(ユニクロアトレ大森店店長・益川清香氏)

左から、豊島事件と住民運動を学ぶ資料館、いまだに残る産廃
左から、豊島事件と住民運動を学ぶ資料館、いまだに残る産廃

 「最初のころ、国立公園は森や雑草やごみだらけでした。実際の現場を見て衝撃を受けました。回数を重ねるごとに、自分たちで森の環境を整備し、海沿いで靴を脱いで水遊びできるまでになりました。この環境の変化にはすごく感動しました」(陳氏)

 「ボランティアに参加してからは、商品のビニール・梱包材が多いということが、今まで以上に気になるようになりました。こうしたらごみを回収して利用できるという会話や、感じたこと、学んだことを、自分ごととして自分の言葉で伝えることで、他の取り組みに対しても興味、理解をしようとしてくれるスタッフが増えたと感じます」(益川氏)

海岸での産廃処理活動、植樹したオリーブの収穫
左から、海岸での清掃活動、植樹したオリーブの収穫

現場・現物・現実

 今日のユニクロのサステナビリティ活動は、瀬戸内オリーブ基金から始まったと言っても過言ではない。今ではユニクロのサステナビリティパートナーは、大規模でグローバルな団体も多い中で、瀬戸内オリーブ基金は、規模は小さいながら22年間継続し、最も社員に根付いた活動だ。

 「私たちにとって瀬戸内オリーブ基金の活動が特別なのは、やはり現場があって、現実を見て、そこから一緒に課題解決する、ということだからです。現場・現物・現実です」(シェルバ氏)

 取材中に、この「現場・現物・現実」という言葉を何度も聞いた。「現場・現物・現実」とは、机上の空論でなく、実際に現場で現物を見て、現実を認識したうえで問題解決しようという考え方だ。ファーストリテイリンググループでも最も重要視されている考え方の一つで、企業理念にも「現場・現物・現実に基づき、リアルなビジネス活動を行います」という行動規範が掲げられている。この同じ価値観が、社員の一人ひとりに染みわたっていることを実感した。

 次回「第3回 瀬戸内オリーブ基金への支援 ② 建築家・安藤忠雄氏と柳井正社長の22年に渡る交流」では、世界的な建築家・安藤忠雄氏に取材し、安藤氏から見たユニクロ、柳井正社長について語っていただく。

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