アスリートと取り組む次世代育成 #1 ユニクロのグローバルブランドアンバサダーとは
ダイヤモンド・チェーンストア オンライン / 2023年6月22日 20時55分
ユニクロは、世界レベルで活躍するアスリートたちと、ブランドを体現する「グローバルブランドアンバサダー」として契約している。現在のグローバルブランドアンバサダーは、車いすテニスの国枝慎吾選手、ゴードン・リード選手、テニスの錦織圭選手、ロジャー・フェデラー選手、ゴルフのアダム・スコット選手、そしてスノーボードとスケートボードの平野歩夢選手の6人だ。特筆すべきは、彼らの競技活動をサポートするだけでなく、選手たちと一緒に社会貢献活動、とくに次世代の選手を育成する活動に力を入れていることだ。スポーツプロジェクトを担当するユニクロ グローバルマーケティング部部長の文原徹氏に、グローバルブランドアンバサダーについて取材した。
ブランディング、商品開発、次世代育成の3本柱
ユニクロのグローバルブランドアンバサダーとは、「ユニクロが目指す、あらゆる人の生活を、より豊かにするための服『LifeWear』。このコンセプトとユニクロブランドを世界に広めて社会に貢献するために」、ともに活動する「世界の人々からリスペクトと称賛を集める」「人間としての誠実さ、高潔さ、逆境にあっても希望を失わない精神力、他人を尊重する心、謙虚さなど、抜きんでた人格を供えたアスリート」とされている。単なる著名アスリートへの協賛とは、意味合いが違うようである。
一般的なスポーツマーケティングの目的は、言うまでもなく、認知度アップ・イメージアップだ。有名企業がアスリートと契約し、彼らが出演する広告はよく目にする。スポーツプロジェクトを担当するユニクロ グローバルマーケティング部部長の文原徹氏は、ユニクロのグローバルブランドアンバサダーの目的は、「ブランディング」「商品開発」、そして「次世代育成」だと語る。
「スポーツマーケティングの世界においては、スポーツメーカーやスポーツウェアブランドは、当然スポーツを前面にしたメッセージを発していました。ところが、ユニクロはカジュアルウェアのブランドで、『LifeWear』を提唱しています。まったく違う角度から、スポーツをも含めた生活全般に対してメッセージを発信しなくてはならない。入社してから、柳井社長や取締役の柳井康治と議論を重ねて、ユニクロとしてスポーツマーケティングを実施していく上で、従来のブランディングという意味合いに加え、サステナビリティ活動の一環である次世代育成を一つの柱にしていくべきだ、ということになりました。ここが、ユニクロのスポーツマーケティングの大きな特色になっています」(文原氏)
アンバサダー人選の課題
もちろん、「ブランディング」においても、グローバルブランドアンバサダーの果たした貢献度は大きい。
たとえばユニクロブランドがヨーロッパに本格出店するようになったのは2010年以降だが、当時ヨーロッパでは、「ユニクロ」よりも「ロジャー・フェデラー選手」の方が圧倒的に有名だった。すると、彼がユニクロのウェアを着ることによって、ユニクロというブランドが知られるようになっていく。「ロジャー・フェデラー選手が競技の時に着ているウェアだ」とブランドに対する信頼感が増したことは確かだ。そしてアンバサダー等がユニクロの『LifeWear』を体現すべく彼らがそのフィロソフィ(哲学)を伝えていく。
グローバルブランドアンバサダーの人選の基準は何なのだろうか。
「まず、競技のジャンルは、これまでもテニスウェアやゴルフウェアを選手に提供しているように、我々のウェアを競技中に着用できる競技だということです。そのうえで、そのジャンルの中で世界のトップレベルで活躍している選手だということ。そして、これが一番重要なのですが、競技面だけではなくて人格の面で、誰もが尊敬する人間性の素晴らしさ、精神力の高さを持たれている方だということ。前人未踏の記録に挑戦し続ける選手は、こうした精神力の高さを兼ね備えています」(文原氏)
「新しいアンバサダーにふさわしい方なども常にアンテナを張り探してはいますが、そう簡単に見つかるものでもありません。特に、ダイバーシティ&インクルージョンの観点から、ジェンダーのバランスや人種としての多様性なども考慮すべきだということは理解をしています」(文原氏)
アスリートのパフォーマンスをサポートするウェア開発
もう一つの大きな目的は、競技用ウェアの開発と、そのノウハウを活かしたアイテムの一般販売である。
スポーツブランドでないアパレルブランドがアスリートに対してウェアの提供をすることはままあるが、ほとんどは競技以外のときに着用するウェアの提供だ。ユニクロも、以前からオリンピックの公式服装の提供などはしていたが、選手契約をしたアスリートに対する競技用ウェアを提供するのは2009年に契約した国枝慎吾選手が初めてだった。国枝選手は、すでにその前年の北京パラリンピックでも金メダルを獲っていた。いわば人生をかけて競技に取り組む超一流の選手に対して、彼らのパフォーマンスをサポートするウェアを作るには、ブランドとしても相当な覚悟と試行錯誤が必要だったに違いない。
しかし、そのチャレンジは、結果的にビジネスとしての成功にもつながった。選手のウェア開発の過程で生まれた「ドライEX」「感動パンツ」「ハイブリッドダウン」といった商品は、その後一般にも広く販売し、ユニクロの人気商品となっている。
たとえば、ダウンと中綿を使用した「ハイブリッドダウンジャケット」は、スノーボードとスケートボードで活躍する平野歩夢選手のウェア開発から誕生した。
「平野選手はいわゆるオーバーサイズのウェアを好むんですね。と同時に、スノーボード競技では、当然1cmでも1mmでも高く飛びたい、そこに挑戦しているわけです。ですから、我々もそれを実現するためにウェアをどんどん軽くしていきたい。一方で保温性も必要です。そこで、ダウンに吸湿発熱性のある中綿素材を組み合わせて、軽量化と保温性を担保しました。彼はスタイリッシュさも大切にしていて、飛んだ時のシルエットにも非常に気を遣うので、それも鑑みたうえで、彼が求めるシルエットも追求しました」(文原氏)
通常、スポーツブランドが契約選手のためにウェア開発をしても、レプリカモデルとして一般に販売する際には素材や仕様を変えてしまうか、もしくは高価格帯の数量限定商品となるケースが多い。大きな理由は、コストの問題だ。
契約選手用のウェアは、ある意味、採算度外視で作るが、一般販売に適した価格にするためには、素材を含めある程度スペックを下げる必要がある。だから、多くの場合、レプリカモデルと銘打って販売されている商品でも、実際に選手が着用しているものとデザインは似通っていても素材などのスペックが大きく異なるのである。
ところが、ユニクロは、もともと生産する規模とサプライヤーとの戦略的パートナーシップの中で低価格を実現するスキームを目指しており、選手への提供するウェアも原則、そのスキームの中で作っているため、選手用の高スペックウェアを作ったとしても他社のように価格が大幅に跳ね上がることがない。
我々消費者にとっては、超一流プレイヤーの知見が存分に盛り込まれた製品を、通常のユニクロ商品とあまり変わらない値段で手に入れることができる。これは、他のスポーツメーカーではなかなか見られないことだ。
アスリートと取り組む次世代育成
6人いるグローバルブランドアンバサダーの中でも、とくに次世代育成活動の面で今後大きく取り組んでいこうとしているのはロジャー・フェデラー選手だ。フェデラー選手自身も、20年前にロジャー・フェデラー財団を創設し、アフリカの子どもたちに教育の機会を提供する活動を続けている。
ユニクロは、2022年9月にプロを引退したロジャー・フェデラー選手の11月の来日に合わせて、これまで世界各地で開催してきた次世代育成の取り組みを、「UNIQLO Next Generation Development Program」という形で体系化することを発表した。
「UNIQLO Next Generation Development Program」は、グローバルブランドアンバサダーのほか、国内外のスポーツ団体、また米メジャーリーグで活躍したイチロー選手などとも一緒に、次世代育成を推進するプログラムだ。子どもたちが、一流アスリートとの交流をきっかけに、持続可能な未来の担い手として成長できるよう、スポーツ競技の指導と合わせてサステナビリティをテーマにしたセッションをプラスしたイベントなどを行う。2023年11月にはロジャー・フェデラー選手の偉業を称え、「UNIQLO LifeWear Day Tokyo 2022 with Roger Federer」と銘打って、東京の有明コロシアムで開催、6400人が参加した。
グローバルブランドアンバサダーの中で最も若い世代である平野歩夢選手は、今年3月に初めて次世代育成のイベントに参加した。
「当初、平野選手は、自身が初めて取り組む次世代育成イベントに対し、どう取り組むのがいいか分からない部分もあったようですが、結果的にはとてもいいイベントを実施することができました。日頃から一生懸命スノーボードをやっている子供たちが、平野選手の滑りを間近に見て、直接指導をしてもらえるんです。その子供たちにとっては人生が変わるくらいの一日になるわけで、ブランドとしていい機会を提供できたなと思っています。同時に、平野選手自身も、一日子供たちと過ごす中で、自身が次の世代を育てていくことの大切さやそれに対する喜びに気づいたと語っていました。我々がパートナーとしてともに活動する中で、アスリートの心情にも何かしら変化を作り出せたというのは、この上ない喜びでした」(文原氏)
文原氏は、前職はアメリカのマーケティングエージェンシーの日本支社代表だった。自身もアメリカンフットボールのプレイヤーとして経験があり、アメリカの大学院でスポーツマーケティングを学んだ後は、国内広告代理店や外資系飲料メーカーにおいてもスポーツビジネスに携わってきた。いわば、スポーツマーケティングの世界を知り尽くした人物だ。ユニクロとは外側から関わった経験もあるが、3年前に入社した。こういった異業種のスペシャリストにさらに新しく大きなチャレンジができると思わせる、その求心力がユニクロと他社との決定的な違いを生んでいるのであろう。
次回「第4回 アスリートと取り組む次世代育成#2 車いすテニス・国枝慎吾選手と歩んだ14年間」は、6月30日掲載。2009年からユニクロのグローバルブランドアンバサダーとなっている国枝選手に取材した。
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