アスリートと取り組む次世代育成 #2 車いすテニス・国枝慎吾選手と歩んだ14年間
ダイヤモンド・チェーンストア オンライン / 2023年6月29日 20時50分
ユニクロは、世界レベルで活躍するアスリートたちと、ブランドを体現する「グローバルブランドアンバサダー」として契約している。現在のグローバルブランドアンバサダーは、車いすテニスの国枝慎吾選手、ゴードン・リード選手、テニスの錦織圭選手、ロジャー・フェデラー選手、ゴルフのアダム・スコット選手、そしてスノーボードとスケートボードの平野歩夢選手の6人だ。特筆すべきは、彼らの競技活動をサポートするだけでなく、選手たちと一緒に社会貢献活動、とくに次世代の選手を育成する活動に力を入れていることだ。
2009年よりグローバルブランドアンバサダーの第一号となった国枝慎吾氏に、ユニクロとの関係を取材した。
車いすテニスの次世代育成イベント
2023年4月23日、福岡県「いいづかテニスリゾート」の観客席に、車いすテニスの元世界王者・国枝慎吾選手(以下、国枝選手)の姿があった。この日「いいづかテニスリゾート」では、車いすテニスの世界大会のひとつでアジア最高ランクである「ジャパンオープンテニス」の決勝戦が行われていた。時折うなずいたり手を叩いたりしながら、国枝選手は決勝戦を見守っていた。
その身体を包むのはテニスウェアではなく、ユニクロの「感動ジャケット」である。
グランドスラム車いす部門で、男子世界歴代最多となる計50回優勝の記録保持者である国枝選手は、世界ランキング1位のまま、2023年1月にプロ車いすテニスプレーヤーを引退し、3月には国民栄誉賞を授与された。この日は、ジャパンオープン優勝者への優勝杯授与式のプレゼンターとして出席していたのだ。
優勝杯授与式が終了すると、隣のコートでは、「UNIQLO Next Generation Development Program」が始まった。ユニクロが主宰する車いすテニスの次世代育成イベントの一つで、この日は、国枝慎吾選手と、同じく車いすテニスプレーヤーでユニクロのグローバルブランドアンバサダーであるゴードン・リード選手から直接指導が受けられる。このプログラムに参加するために全国から集まったジュニアプレーヤーたちにとって、きっと忘れられない体験となるだろう。
お互いに世界No.1を目指す
ユニクロが国枝選手をサポートするようになったのは、2009年、国枝選手がプロ転向を宣言したときから始まる。ちょうどユニクロが海外進出を加速していった時期で、お互いに世界No.1を目指す、という目標が一致した。
ユニクロは、2006年にニューヨークSOHO地区にグローバル旗艦店をオープンさせたことを皮切りに、2007年にはロンドン、パリ、2010年には上海にグローバル旗艦店をオープンさせ、その後もシンガポール、台湾、ロシア、マレーシア、タイ、フィリピン、オーストラリア、ドイツ、カナダ、スペイン……と出店を続けていた。
「僕がアンバサダーとして契約した2009年当初は、胸のユニクロのロゴを見た海外の選手から『それどこのメーカー?』と聞かれることが多かった。2011年に錦織選手がユニクロと契約した頃も、まだ同じような反応だったと思います。それが、2012年にジョコビッチ選手(※)が契約した頃には、ユニクロは海外でも知られるようになっていて、『それどこの?』と聞く人はもういなくなっていました。たった3年の間にユニクロの海外進出が進んで、世界中で知名度が上がっていったのを肌で感じました」
選手時代に20年にもわたって、一年中、世界各国のツアー大会を回っていた国枝選手ならではのグローバルな実感だ。
※ノバク・ジョコビッチ選手とのアンバサダー契約は2012~2017年で満了。
車いすテニスの認知を広めたい
国枝選手がユニクロとパートナーシップを結んだもう一つの理由は、ユニクロの持つ情報発信力だ。「やはり、車いすテニスの認知を拡大していきたいという強い思いがありました。僕の子供時代は、車いすテニスがどういうものなのか、情報があまりなかったんですよ。いまはYouTubeやSNSもあるので、車いすテニスについての発信を自分自身も心がけていますし、メディアにももっと発信してもらいたいと思っています。ユニクロと一緒に活動することで、自分のことを取り上げていただく機会が増えて、車いすテニスをもっと知ってもらいたかったですし、やりたいと思う子供たちが増えていったらいいな、と思いました」(国枝選手)
国枝選手の「車いすテニスの認知をもっと広めたい、普及させたい」という思いに賛同し、ユニクロは国枝慎吾選手個人の活動をサポートするだけでなく、世界中で大小合わせて年間160大会ほど開催されている車いすテニスツアーのタイトルスポンサーを務め、世界中で車いすの発展をサポートしている。
ユニクロが初めて競技用のウェアを開発
ユニクロが国枝選手とのパートナーシップの中で、初めて挑戦したのが、競技用ウェアの開発だ。ユニクロも以前からオリンピック日本選手団の公式服装の提供などはしていたが、競技用のウェアを提供するのは初めてだった。着用する側の国枝選手に、不安はなかったのだろうか。
「それが、最初に契約した時にいただい試作品が、それまで着ていたテニスウェアよりも格段によかったんです。軽くて着心地もいいし、動きやすいし、汗の処理も早い。本当にびっくりするくらいよくて、その驚きは今も覚えています」
「その後も、毎年いただくウェアが常にアップデートされていて、さらに軽く、さらに汗が気にならなくなっていくんです。僕の欲しいものを、先回りして作ってきてもらっている感じです。ただ、僕はメッシュ素材が好きなので、そこは特にこだわりました」
国枝選手がユニクロのデザイナーやパタンナーなど商品開発部門の社員と会うのは、年に数回。その限られた機会の中で、前回の打合わせで国枝選手がふと漏らした言葉や試着時の動きなどをとらえて、次に会った時には国枝選手のパフォーマンスをより最大化できるよう改良しているのだという。
選手一人ひとりに合わせた競技用ウェアを開発して、実際その選手のパフォーマンスが上がり、選手がいい成績を残す一方で、ユニクロはそのノウハウを自社の商品開発に生かし、一般のお客様に提供する。ビジネスとしても、非常にいいサイクルができている。
勝ち続けることの難しさ
国枝選手とユニクロのもう一つの共通点は、「勝ち続けている」ということだろう。もちろん、国枝選手もケガに悩み引退を考えることもあったし、ユニクロもブーム後の購買者の離反に苦しんだ時期もあった。しかし、ともにそこを乗り越え、さらに大きく成長し、今では他の追随を許さない存在となった。勝者ゆえの悩みはあるのだろうか。
「負けたら、課題ってわかりやすいんですよ。でも、勝っていると課題がわからなくなってしまう。成功体験が邪魔をして、ここで変えたら負けてしまうのではないかというマインドになるから。逆に、負けている人は変えないと勝てないわけです。負けている人たちは、そうしてどんどん成長するから、勝っている人が何も変えずにいると、相対的には衰退している、ということになるんです。だから、勝っていても、なお自分の中に課題を見つけていくということは、意識しないとできないことですし、ずっと意識してやってきました」
「自分の中のやるべきことを明確にして、それに取り組んでいく、その繰り返しです。日々の生活の中でそのプロセスを作っていくには、24時間テニスについて考え続けることしかありません。食事していても、お風呂でもトイレでも、テニスのことを考えているか、テニスの動画を見ています。食事も、ある意味仕事として、テニスのために食べているわけですし、オフもまたテニスをするために必要な時間です。そうやって、生活の全てをテニスに捧げてきた、と言えると思います」
国枝選手のテニスへの向き合い方は、柳井正社長のビジネスへの向き合い方と重なる。柳井正社長も、勝ち続けるために24時間ビジネスのことを考え、勝っても、なお課題を追求しているはずだ。国枝選手は、柳井正社長の目には、自社が協賛するアスリートというよりむしろ、ビジネスの先にある大きな目標を共有する盟友のように映っているのではないかと思う。
次回「第4回 アスリートと取り組む次世代育成 #3 車いすテニス・国枝慎吾選手と歩んだ14年間」は、7月1日掲載。2023年1月に引退を発表した国枝選手とユニクロとのこれからを取材した。
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