アスリートと取り組む次世代育成 #3 車いすテニス・国枝慎吾氏と作る未来
ダイヤモンド・チェーンストア オンライン / 2023年6月30日 20時50分
ユニクロは、世界レベルで活躍するアスリートたちと、ブランドを体現する「グローバルブランドアンバサダー」として契約している。現在のグローバルブランドアンバサダーは、車いすテニスの国枝慎吾選手、ゴードン・リード選手、テニスの錦織圭選手、ロジャー・フェデラー選手、ゴルフのアダム・スコット選手、そしてスノーボードとスケートボードの平野歩夢選手の6人だ。特筆すべきは、彼らの競技活動をサポートするだけでなく、選手たちと一緒に社会貢献活動、とくに次世代の選手を育成する活動に力を入れていることだ。スポーツプロジェクトを担当する(株)ユニクロ グローバルマーケティング部部長の文原徹氏と、2009年よりグローバルブランドアンバサダーの第一号となった国枝慎吾選手に、ユニクロとの関係を取材した。
国枝慎吾選手の存在感
グローバルブランドアンバサダーの第一号は国枝慎吾選手であるが、もともと国枝選手との契約時には、ユニクロにはまだグローバルブランドアンバサダーという考え方はなく、通常のプロ選手との所属契約だった。
しかし、このテニス界のレジェンド国枝選手が契約していたことに影響され、錦織圭選手もユニクロと契約し、錦織圭選手がいるからノバク・ジョコビッチ選手(※)とも、ロジャー・フェデラー選手とも契約にもつながった。国枝選手の存在は間違いなく大きかった。
※ノバク・ジョコビッチ選手とのアンバサダー契約は2012~2017年で満了
「国枝選手がいなかったら、いまのグローバルブランドアンバサダーという考え方や取り組みに至らなかったかもしれないですね。世界のテニス界の中でも国枝選手の偉業に対するリスペクトにはすごいものがありますから、国枝選手が契約している企業ということで、世界中のアスリートからユニクロに対する注目度も信頼度も上がった。それがほかの選手との契約に結び付いたのは事実です。ですが、なにより国枝選手の人間性に我々が惚れ込んでしまったのです。そして、ブランドを体現してもらいたい存在として、彼と契約したのが始まりです」(グローバルマーケティング部部長 文原徹氏)
ユニクロでは年に2回、世界中のファーストリテイリンググループ社員が集結するコンベンションが開催されている。2010年のコンベンションでは、前年に契約したばかりの国枝選手が招待され、スピーチする機会があった。2008年の北京パラリンピックで金メダルを獲得し、一躍有名になっていたものの、まだ今ほど車いすテニスが普及していなかった時代だ。
しかし、車いすで壇上に登場した国枝選手の力強いスピーチに、一瞬で社員全員が魅了された。両腕を振り上げて、彼の代名詞となっている「俺は最強だ!!」の言葉を叫ぶその姿を、柳井正社長も大いに喜んで見ていたという。
東京パラリンピックを終えて
その国枝選手が、2023年1月に現役選手を引退することを発表した。引退を決意するきっかけはあったのだろうか。
「2021年の東京パラリンピックが終わった時、自分自身のフェーズが変わったことを感じました。もう競技で自分自身の成績を追求するだけではないところに来ているというか。それ以降、次世代育成にもより積極的に取り組むようになりました。自分の中で明らかに、以前と違った角度からテニスに向き合い始めていたんだと思います。実は、その時点で自分の中での満足感というか達成感は9割以上は埋まっていたので、本当は東京パラリンピックが終わってすぐに引退しようと思っていたんです」(国枝選手)
引退を延期したのは、コロナ禍で東京パラリンピックの開催が1年延期になったために、ウィンブルドン大会がすぐ翌年に控えていたからだ。実は国枝選手は、それまでグランドスラムと称される大会のうち唯一ウィンブルドンでの優勝経験はなかった。引退前に、どうしてももう一度挑戦したかった。
そして2021年8月の東京パラリンピック金メダルに続いて、2022年1月に全豪オープンで11度目の優勝、6月には全仏オープンでの優勝。そして7月のウィンブルドンではついに初めての優勝を果たした。これで悲願のウィンブルドン大会初優勝を飾るとともに、グランドスラム4大会とパラリンピックを制覇する「生涯ゴールデンスラム」を達成。男子車いすテニス史上初の快挙となった。
翌2023年1月、国枝選手は、世界一のまま引退を宣言する。
国枝選手の引退会見で、柳井社長が語ったこと
2023年2月7日、国枝選手は引退会見を行った。場所は東京・有明にあるユニクロ本社だ。会見に同席した柳井正社長のスピーチを聞くと、いかに国枝氏を高く評価しているかがわかる。
柳井正社長は冒頭に、「新しい国枝慎吾の誕生という意味で、今日はめでたい日であります」とスピーチを始めた。そして「車いすテニスという新しいスポーツのジャンルを確立したことは、新しい産業を作ったことと同じ」「プロスポーツ選手よりも、経営者としての才能を持っていると思う」「人生をかけて、一人の人間として尊敬できる」と国枝氏を絶賛した。スピーチの最後には、国枝選手に向かって「今までは助走。過去のことは全部忘れてください。今日がスタート。一緒に日本を、世界の中の日本をより良く変えていきましょう」と呼びかけたのだ。
国枝選手の目標設定の高さや課題の見出し方、全身全霊でテニスに向き合う姿を見て、柳井正社長は自身のビジネスへの向き合い方と近いものを感じていたのかもしれない。超一流の経営者の目には、国枝選手のポテンシャルは、むしろテニスだけではもったいない、と映っているのであろう。
引退記者会見の翌日、ユニクロは国枝選手の長年の選手生活を労う15段(1ページ全面)の新聞広告を出した。
「11歳の国枝慎吾くんへ」から始まるその広告文は、9歳の時にせき髄の病気で両足に障がいが残り、大好きだった野球ができなくなった国枝少年に、車いすテニスを始めてくれてありがとう、という、胸を打つメッセージだ。不安そうな表情を浮かべる11歳の国枝少年と、世界の頂点に立ち、喜びを爆発させる26年後の姿。国枝選手の軌跡は、未来への希望を象徴している。
次回、「第5回 なぜ、難民問題にここまで真剣に取り組むのか?」は、7月7日掲載。ユニクロが2001年から取り組む難民支援について、現在ユニクロとグローバルパートナーシップを結ぶUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)を取材した。
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